大童法慧 | 大童法慧
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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Author: 大童法慧




8月 04日 坐禅会

満月の夜の坐禅会を主催して、1年が経ちました。 おかげさまで、合計13回、休むことなく開催できました。 毎回、およそ30人前後の方に参加いただいております。   繰り返し参加される方もいれば、1回の参加で離れていく方もおられます。 それもご縁なのでしょう。  …

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8月 04日 将錯就錯

将錯就錯 迷中又迷 夢中説夢 八九露提 錯りをもって 錯りにつき 迷いの中に また迷い 夢の中で 夢を説く 72年 すべてを露し 提してきたぞ   とても懐かしいご老師の遺偈です。   数年前の夏のこと。 「くたびれた軽自動車に乗って葬儀にでかけたら、そんな車…

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7月 28日 還暦

  7月25日。 なんだか特別な日のような気がしたが、それが何の日なのか思い出せない。   何があったのだろうか。   飲んで帰るタクシー、信号待ちをしている時、ふと思い出した。 「そうだ、あの人の誕生日だ」   18の頃、12歳年上の人と…

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7月 28日 絵本に学ぶメメント・モリ ~禅のものの見方を交えながら~ 抄

  ここなんです、問題は。 自分の都合のいいように物を考える癖があること。 そして、その自分の都合のいいように物を考える癖に頼ってしまう。   自分の都合のいいように考え、自分の都合のいいように解決を図る。 メメント・モリ、つまり、自分がいつか必ず死ぬことを忘…

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7月 14日 白内障

  昨年の夏頃から、目が急にみえづらくなりました。   夜の信号が花火のように見えたり、新聞や本を読むことに苦痛を覚えたり・・・体調によっては、見えづらいを通り越して見えない状態にもなります。 処方された疲れ目を癒すはずの点眼薬は、まったく役に立たちませんでし…

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7月 14日 いのちが私をしている

  「いのちが私をしている」  大井 玄先生     僭越ながら、「いのちが私をしている」という言葉、これこそ真実の言葉だと存じます。   「いのちが私を生きている」とは、お釈迦さまが成道の叫びの言葉である、と。   それは、「奇…

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6月 30日 落ち込んでいる暇などない

  恥ずかしながら、知命を前にしても私は人に迷惑をかけてばかりです。 上手くいかなかたっり、しくじったり、、、そんなことばかりの繰り返しです。   でも、こんなふうにも思うのです。 愚か者だからこそお釈迦さまに縋ることができ、嘲りを享受できる人間だからこそ生ま…

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6月 30日 絵本で学ぶメメント・モリ ~禅のものの見方を交えて~ 冒頭部抄

いかがでしたでしょうか。 軽く悟りを開かれた方はいらっしゃいますか。坐禅をして、スカッとしたな、心のわだかまりが解き放たれたな、と思った方はいますか。     おそらくほとんどの方は、様々な事が浮かんで来て、あれこれと考える時間になったのではないのでしょうか。…

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6月 16日 関わること

誰かと関わることは、とても手間暇のかかることです。 その人と「あう・あわない」もあるし、その人から嫌われるかもしれない。 お互いが同じ方向を向けたら幸せだけど、いつもそうとは限らない。 そして、自分の知らない世界に触れるのはとても勇気が必要です。   何もしないのなら、…

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6月 16日 15の夜の法話会 老の章 言の葉

昨年8月より満月の夜の坐禅会をはじめております。その坐禅会には、ネットの検索を通じて、断るほどの申込があります。 「郡山 坐禅」とか「福島県 坐禅会」の検索で辿り着くのですね。   けれども、残念ながら、「法話会」という言葉、いえ、存在自体が、福島県ではほとんど浸透して…

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