大童法慧 | 僧侶的 いま・ここ
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
152
archive,paged,category,category-souryo,category-152,paged-17,category-paged-17,ajax_fade,page_not_loaded,,vertical_menu_enabled,side_area_uncovered_from_content,qode-child-theme-ver-1.0.0,qode-theme-ver-7.2,wpb-js-composer js-comp-ver-5.0.1,vc_responsive

僧侶的 いま・ここ




5月 29日 焼香

焼香の時、間違えて、香ではなく炭を手に持った人がいました。 作法を知らず、つまんだ香を口に入れた人もいました。 『曹洞宗行持規範』の導師焼香法によると。 導師の焼香は2回。 右手の親指、人指し指、中指の三指で香をつまみ、両手にささげて丁寧に頂いて香炉に投じ、次に更に香小量を取って炉に投ずる。 初めに焚く香を主香、次に焚く香を従香という。 従香は頂かないでそのまま炉に入れる。 導師が2回の焼香であるなら、参列者の焼香は、主香の1回のみのはずだが・・・ 焼香は3回するのものだと主張する御老僧もおられるし、いや1回・2回・3回どれでもいいのだ、とする方丈さんもいる。 「1回だと、心がないと思われそうだし、3回の方が丁寧かな」と思うのも人情。 「焼香は心をこめて、一回でお願いします」 という司会者の案内が空しく響く。 参列者は「早く終わらせようとしているな」って、感じてしまう。 先日のお通夜での事。 多くの参列者が予想され、棺の前に香炉が10個も用意されていました。 通夜が始まり、遺族の焼香の時、それが起こりました。 故人様の孫、小学3年生の男の子が、左端の香炉で焼香をしました。 きっと、おじいちゃんの事が大好きだったのでしょう。 嗚咽しながら、香を焚き手をあわせてました。 彼は、左端で焼香を終えると、次の香炉で焼香をし、また、次の香炉で焼香をし、そして、4番目の香炉に香を焚いた時・・・それに気付いた葬儀社の社員に誘導されて席に戻されてしまいました。 手を引かれて行くとき、振り返りながら香炉を見つめる彼の顔が印象的でした。 通夜の法話で、彼にひとこと伝えました。 ・・・あのね、全部の香炉で焼香したとしても、その悲しみは解決できやしないものだよ。 ありたっけの香を焚いたとしても、大好きなおじいちゃんは、生き返りはしない。 でも、ね。あなたの心を、おじいちゃんは一番喜んでいると思うよ。 だから・・・ 香の香りは、遍く世界にいきわたります。
続きを読む


5月 18日 余命

そのご婦人が、家族4人でお寺を訪ねてきたのは、数年前の5月の事でした。 境内の掃除をしていた私に語りかけてきた言葉は、「このお寺は、曹洞宗ですよね?」でした。 「ご住職さんですか?少し、お話しを聞いていただけませんか?」 住職ではない事を伝えながら、泣き腫らしたような眼にただならぬものを感じ、師匠に取次ぎました。 彼女は、40半ばの主婦。夫と中学生の姉妹との4人暮らしの事。 穏やかな語り口でありながら、意志の強さをうかがわせる面持ちの彼女。 与えられしものを静かに赦し、じっと見守ろうとするご主人。 子供たち二人は、母の傍らから離れようとしませんでした。 「実は私、昨年の8月に、癌だと診断されました・・・余命1年だ、と。 はじめて、死ぬという事を突き付けられて・・・。 なぜ、なんで私が、という思いばかりつのりました。 ネットや本を読み漁ったり、人を訪ねていったり、とにかく、焦りました。 私には1年という時間しかないなんて・・・。 病気の事、娘の事、主人の事、人生の事、そして、私自身の事。 私は、何もわかってませんでした。 昨晩の事なんです。 いろいろと集めたお経本を眺めている時、『修証義』が目に留まりまして・・・ ああ、これだったのかと。涙が止まらなくなったんです。 身震いしながら、朝まで何度も何度も読み返しました。 気がつけば、大きな声を出して読んでました。 このお経について、もっと知りたいと思ったんです。 それで今日、家族でお参りをかねて、曹洞宗のお寺さんに伺ってみようと。」 師匠は幾度も頷きながら、黙って聴いておりました。 彼女の問いかけに応じながら、修証義を説いておりました。 師匠の傍で聞いていた私は、愧じいっておりました。 「・・・私は涙を流しながら、修証義を読んだ事があるだろうか。 私は咽びながら、修証義を押し頂いた事があるだろか・・・」と。 別れ際、笑顔で手を合わす家族に、「いつでも、どうぞ」と。 以後、再び入院するまでの2ヶ月の間、彼女は何度もお寺に訪れました。 そして、夏。 余命の宣告どおり彼女は・・・亡くなりました。 医療の発達により、今では、余命○年、余命○ケ月という言葉が市民権を得ています。 しかし、余命という言葉を待つまでもなく、私たちの死亡率は、100%です。 老若男女、ひとしく100%。 今日の命さえも、絶対の保障はありません。 後先の順番はあるけれど・・・ 散る桜 残る桜も 散る桜 散る紅葉 残る紅葉も 散る紅葉 癌を宣告されなくとも、一面においては、余命であり与命であり、そして、預命であります。 余った命とするか、与えられた命と受け止めるか、預かった命と達観するか・・・ 今回、舌癌という病と対峙して、私は余命を宣告されるまでには至りませんでした。 腫瘍の除去という事で、ひとまず、治療を終える事になりました。 この身体にも癌は宿り、隙あらば巣食う事を学びました。 そして、余命とは、いま・ここにしかない事も。 いや、命は、いま・ここ。 末筆ながら、様々な励ましをいただきました事、感謝申し上げます。 ありがとうございました。
続きを読む


5月 05日 境涯

老病覚来不能寝   老病覚め来たって寝る能わず 四壁沈々夜正深   四壁沈々として夜正に深し 燈無焔爐無炭他   燈に焔無く爐に炭無し 只有凄凉枕積衾   只凄凉枕衾に積る有り 不知何以慰我心   知らず何を以て我が心を慰めん 暗曳烏藤歩庭陰   暗に烏藤を曳いて庭陰を歩す 衆星羅列禿樹花   衆星羅列す禿樹の花 遠渓流落無弦琴   遠渓流れ落つ無弦の琴。 此夜此情聊自得   此の夜此の情 聊か自ら得たり 他時異日向誰吟   他時異日誰れに向かつて吟ぜん 老いさらばえて、なかなか眠りにつけない 闇が暗くのしかかり、夜のとばりが深い 燈の明かりはなく、爐に炭の火も残ってない 名状しがたい寂しさの塊が、私を捉えてはなさない どうしたら、この心を慰めることができるだろうか 暗闇の中、杖に身を任せ庭に出てみる 満点の星が光を放ち、木々に花を咲かせているようだ 谷川の柔らかな音は、まるで琴を奏でているようだ 「嗚呼、生きていてよかった」と、跪き手をあわせてた この事を共有してくれる友はいるだろうか 同じ言語を使用し、同じものを見、同じことを体験したとしても、 その境涯によって、その意味するところは異なる。 星のきらめきや谷川のせせらぎを、己の命とする人もいる。 楽しい時やハッピーな時は、悲しい時や辛い時よりは、居心地はいい。 そう、居心地はね。 朝、新聞をめくりながらインスタントのコーヒーをすするのが、いつもの朝食。 妻は起きてこず、やさぐれ娘は帰ってこない。 片道2時間かけて、職場へと向かう。 人の使い方をしらない上司、同じ人間とは思えない部下。 取引先からはクレームの電話。 頭を下げ、怒鳴り、媚びる。 陰で何と言われているくらい、俺だって知ってるさ。 雲行きは変わることなく、「定年まで、あと2年」と自分に言いきかせる。 そんな気だるい午後であっても、世界中が敵に思えても、死んでしまいたいと思う状況にあっても、 ・・・しかし、いのちの風光は輝いているのだ。 楽しい時やハッピーな時は、悲しい時や辛い時よりは、居心地はいい。 ・・・でも、それだけのこと。 幸せは居心地の良さではない。
続きを読む


4月 28日 平気さ

春のお彼岸を迎える準備をしている頃の事でした。 舌に違和感があり、耳鼻咽喉科に行きました。 その先生は写真を指差しながら、「この腫瘍、できた場所と色がとても悪いですね」と言いました。 しばしの沈黙のあと、「舌癌の可能性が高いと思います」と。 そして、急に優しげな声色で「大きな病院で精密検査をしてくださいね。今、紹介状を書きますから」と、付け加えました。 舌癌か・・・あと、どのくらい生きられるのだろうか?・・・ そんな事を、癌がわが身にある可能性を告げられただけで思ってしまいました。 癌という言葉が死を意味するものでなくなりつつある現代にありながらも、やはり、癌という言葉を、死に置き換えて考えてしまう愚かな自分がいました。 じゃあ、癌にならなければ、死なないのか? そう、癌でなくとも、その時がくれば、この命はお返ししなければなりません。 拝借申す 四大五蘊 お返し申す 今月今日 一休 蓮如上人『白骨の御文章』に曰く 「されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり」 学校に行きたくないと泣いた子を叩き出して、事故に遭うこともある。 浮気が原因の夫婦喧嘩の仲直りをする事もなく、夫が仕事先で倒れる事もある。 憎み、妬み、恨み、そねむ心が己が徳をすり減らして、穴ふたつとなる事もある。 禅は、生と死を分けて考えない、つまり生死<しょうじ>として受け止めます。 「生とは何か・死とは何か」ではなく、「いまとはいつか・こことはどこか」であります。 余ハ今迄禅宗ノ所謂悟リトイフ事ヲ誤解シテ居タ 悟リトイフ事ハ如何ナル場合ニモ平気デ死ヌル事カト思ッテイタノハ間違イデ 悟リトイフ事ハ如何ナル場合ニモ平気デ生キテ居ル事デアッタ 正岡子規『病牀六尺』 子規は、わずか35歳で亡くなりました。 不肖ながら、私は今年39歳になります。嗚呼、勉旃、勉旃。 今回の件で、随分と電話やメールをいただきました。ありがとうございます。 親切なお気持ちを頂きながら、いまだ、返信しておりません。どうぞ、お赦しください。 先日、検査を受けてまいりました。 ・・・まぁ、平気です。 そう、平気さ。
続きを読む
 

3月 04日 待合室

親の死・・・あなたの過去を失うこと 配偶者の死・・・ あなたの現在を失うこと 子どもの死・・・あなたの未来を失うこと 友人の死・・・ あなたの人生の一部を失うこと 『愛する人を亡くした時』 グロールマン 彼らは配偶者の死に接して見るまに気力を失い、自分の人生を身の毛もよだつような「死を待つ待合室」に変えてしまう 『慰めの手紙』  ヘンリ・ナウエン それでも、生きる事。それでも、生きる事。それでも、生きる事。 ・・・そこから、生きる事。 死の待合室にするか否かの分岐点は、自分が絶対でない存在だと気付く事。 ・・・そこに、風が吹く。
続きを読む


2月 24日 自分を拝む

「自分で自分を拝めなかったら、本当に生きたとはいえないのよ」 これは、私が頭を剃るご縁を支えてくれた尼僧様の言葉です。 「自分で自分を拝めなかったら、本当に生きたとはいえないのよ」 では、自分で自分を拝むとは、どういうことでしょうか? おそらく、多くの方が、そんなに深く反省しなくとも、とても拝めるような自分でないなと気付くでしょう。 中には、俺は金持ちだから、私は大学院卒だから、または美人だから、という理由で自分で自分を拝めるという回答をする人もいるかもれしません。 しかしこれは、自分を拝める人というよりも、むしろ単に自分が好きな人でしょう。 なぜなら、お金の有る無しや学歴や美醜は、所詮、比較の問題にすぎないからです。 僭越ながら、少し私の話をさせていただきます。 私の実家は工務店です。実家の菩提寺は、浄土真宗西本願寺派です。 頭を剃ってなければ、今頃は工務店の社長をしていたかもしれません。 20歳の頃に大切な人との別れがありました。 それが機縁となり、禅の世界にひかれていきました。 大学は、駒澤大学の仏教学部にすすみました。 その頃、ありがたい事に、福井県にあるお寺の老師とご縁をいただきました。 在学中の4年間は時間とお金ができると、東京駅から夜行バスに乗ってそのお寺に参禅に通いました。 短いと1日、長いときで3ヶ月位。 何故に人は死ななければならないのか、何故に人は生きなければならないのか、ただ、真実をあきらかにしたい、そんな願いを持ちながら、老師様の教えを聞きに通っておりました。 大学を卒業してからも就職をしないで、そのままそのお寺に住み込んで坐禅をしておりました。 そのお寺での生活は、毎朝、朝2烓、2回という意味ですが、坐禅をします。 1烓とは、およそ45分です。 夜は3烓、3回坐禅をします。それ以外は、作務と托鉢。 小さなお寺ですから、畑を作り、3日に1度は托鉢に歩く。 接心という、1週間朝から夜までひたすら坐禅をする期間が年7回ありました。 夜は9時が就寝の時間でしたが、ゴザと坐蒲を持って、お墓で坐禅をしていました。 明け方まで坐っておりました。 その頃の写真を見ると、自分でもびっくりするほど細く、痩せています。 3歳になる姪に、これ法慧ちゃんだよ、と当時の写真を見せましたら、 首をふって、こんなの法慧ちゃんじゃない!って言われてしまいましたが・・・ 実は、修行を始めて間もなくの頃にイスラエルから来ていた参禅者の方と、大喧嘩をしてしまいました。 今思えば、本当に情けない事です。 老師からは、この事でこっぴどく叱られまして、「出て行け」とまで言われてしまいました。 若かったんですね。「出て行け」と言われれば、すぐ出て行こうとして。 そんな荷物をまとめている私のところに、兄弟子が来て静かにこう言ってくれました。 「全部が自分なんだ。お前は、誰と喧嘩しているんだ。 喧嘩をするという事は、結局、自分と喧嘩している事だぞ」 全部が自分・・・ その時です。ああ、これだったのか、と思いました。涙があふれてきました。 自分自身とは頭のてっぺんから足の爪先までの事だ、と思い込んでいたものが、急にほどけました。 ああ、自分という塊はないんだ、と。自分とは、この世界、全てが自分だったのだ、と。 この大きないのちにもっと深く気付きたいと願う一心で、老師に再び修行する事を請いました。 それから4年・・・老師にお坊さんになる事を許していただき、いまここに至っております。 仏教とは、仏の教えと書きます。 つまり、お釈迦さまのものの見方の事です。 お釈迦さまと同じようなものの見方をする事。 お釈迦さまと同じようなものの見方をする時、真理に照らして要らぬ心配をしなくなる、比べなくなる、そして、迷わなくなってきます。 南無帰依佛から始まり、不謗三宝戒で終わるこの16条の佛戒の根本は「衆生本来佛なり」であります。 私たちは、実は、佛様と同じいのちを生きている。 この戒は、破るとか守るが論点ではなく、持<たも>つという視点が大切になります。 持つとは、し続ける事。 わが身を懺悔しながら、繰り返し、繰り返し持ち続ける事によってのみ、このいのちが輝いてくる。 だからこそ、この身が尊い。 仏や仏の教え、そして、その教えを実践する者に響き、信じ、気付き、体現していくのも、この身があってこそ。つまり、この身こそが三宝であるからであります。 この身を謗らない事が、不謗三宝戒であります。 この尊いこの身を謗るような事はあってはならない。 この尊いこの身を傷つけるような事はあってはならない。 この身の尊さが分かれば、徒に命を奪い、与えられざる物を盗み、性を貪り、酔い、惜しみ、口に任し、己のみを高しとし、怒りに任すような真似は、できない。 南無帰依佛と手を合わす事とは、佛を拝み、佛の教えを拝み、それを実践する人々を拝み、 そして、自分を拝む事。 自分を拝むとは、この自分という塊を拝むのではなく、一切を拝む事であります。 一切を拝む事、それが、不謗三宝戒であります。 一切が自分であると気付き、信じ、拝む。 まず、自分を拝む事から、はじめてみましょう。
続きを読む


2月 17日 地蔵真言

お地蔵様とのご縁のおかげで、私は出家する事ができました。 以来、『地蔵菩薩本願経』を毎月24日に読誦するようになり、 ご縁のある人には地蔵真言を勧めております。 地蔵真言 唵訶訶迦昆三摩曳娑婆訶 おんかーかーかび さんまーえいそわか ※【連絡】 18日から22日まで、所要のため電話に出られません。 お急ぎの方は、メールにてお知らせください。 すぐにお返事できない場合もありますので、ご了承ください。
続きを読む


2月 12日 チェンダの供養

沙門は・・・ 病を得たとしても、薬の力を借りず、医者の力も借りず、ただ正念をもって耐える。 2月15日は、涅槃会。お釈迦様のご命日。 彼は、布教のために歩き続けていた。 すでに80歳となっていた。 バーヴァーという村で、鍛冶職人チェンダの接待を受けた。 「チェンダよ。あなたの用意したきのこの料理をわたしにください。また用意された他の噛む食物・柔らかい食物を修行僧に上げてください。残ったきのこ料理は、それを穴に埋めなさい。世の中で、修行完成者のほかには、それを食して完全に消化し得る人を見出しません」 岩波文庫『ブッダ最後の旅』 結果、彼は腹痛と激しい下痢に襲われる事になる。 下血を繰り返し、衰弱しながらも、おそらく彼は、生まれ故郷を目指し歩き続け、 しかし・・・クシナガラの沙羅双樹のもとで、力尽きた。 以前、兄弟子が半身不随になりました。 熱と咳で、「風邪かな?」と思い、布団で寝ていたそうです。 しかし、トイレに立とうとした瞬間、立てない、動けない自分に気がついたそうです。 救急車で運ばれ、精密検査の結果、脳にわずか数ミリほどの影がありました。 原因はわかっても回復の手立てはなく、ただただ安静にという事でした。 35歳で在家から出家し、すでに50歳を前にしての出来事でした。 お寺を持つ道を選ばず、修行道場に身を置く彼は、何を想ったでしょう。 来し方、行く末を考えて、夜、泣き声を噛み殺した日もあるでしょう。 ある日、若かった私の不躾な問いかけに、彼は穏やかに応えてくれました。 「法慧さんも、苦しい時に念じてみるといい。チェンダ供養、チェンダ供養ってね。 毒きのこであると知りながら供養を受け、苦しさにのたうちまわる釈尊の姿を思い浮かべると・・・私の苦しみなど問題ではないよ。」 そして、半年後・・・お医者さんに「奇跡だ」と言わしめる事が起きました。 彼は自分の力で起き上がり、数歩、歩いたのです。 懸命なリハビリと厳しい自律の結果、彼はおよそ1年で退院しました。 今、彼は還俗をし、信じる所の道を歩んいます。 けれども、深いご縁のある大切な兄弟子であります。 チェンダ供養 チェンダ供養
続きを読む


2月 06日 遺偈

遺偈とは、禅僧が末期に臨んで門弟や後世のためにのこす偈の事です。 毎年正月、己が境涯をもって、書き改めるものだと、師より習いました。 本年1月5日、曹洞宗大本山永平寺貫主・宮崎奕保禅師が106歳でご遷化されました。 遺偈に曰く、 慕古真心 不離叢林 ( 古の真心を慕い 叢林を離れず ) 末後端的 坐断而今 ( 末後の端的   而今を坐断す ) 下記は、宮崎奕保禅師の密葬を報じた中日新聞の記事の抜粋です。 密葬の様子とともに、このように禅師の遺偈と解説が掲載してありました。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 「慕古真心 不離叢林 末後端的 坐断而今」としたためられ、同寺によると「修行道場に生きてきて、先人の気持ちを思い、道場から離れたくないが、座ることが今、終わろうとしている」との心境が表されているという。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ・・・この解説を読んで、「何じゃ、これっ?」と思ったのは、私だけでないでしょう。 これじゃあ、まるで、ただの泣き言ではないか。 この遺偈を、こんなふうに受けとめるとは・・・ 「同寺によると」とは、大本山永平寺の事でしょう。 しかし本当に、大本山永平寺が、こんな解説をしたのでしょうか。 私は、こう思います。 祖師の心を慕い忘れず、どこにあっても、叢林を離れず。 この最期の時に当って、今一度、改めて一句を示そう。 この真実なるもの、而今を坐断す。 『五燈会元続略』には、「両頭共坐断 八面起清風」<両頭を共に坐断すれば、八面に清風起こす>という禅語があります。 両頭とは、生と死、善と悪、得と失、愛と憎、勝と負、苦と楽といった、二元での物の見方の事です。 私たちは、そんな両頭にこだわり、とらわれ、両頭の狭間で一喜一憂し、右往左往して暮らしているのではないでしょうか? 坐断とは、坐禅によって、両頭から生ずる迷い・苦しみを断ち切り、真実なるいのちに気付く事です。 二元の物の見方を坐断した世界が、而今の世界です。 しかし、禅師様は、その真実なる世界をも坐断す、とおっしゃられた。 その世界も腰をおろせば、偽者だぞ、と。 而今を坐断せよ 禅師様は、そう説き示されたのだ。
続きを読む