大童法慧 | 僧侶的 いま・ここ
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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僧侶的 いま・ここ




5月 08日 菩提寺について 〔1〕

菩提寺<ぼだいじ>という言葉をご存知でしょうか? 檀家<だんか>という言葉はどうでしょう。 檀家として属するお寺の事を、菩提寺といいます。 檀家制度の成立に関しては、歴史的な考証が欠かせませんが・・・ 先日、友人の母親から、サークル仲間の愚痴を聞いてあげてくれないかと、電話がありました。 これもご縁と、待ち合わせの品川の喫茶店へ行きました。 穏やかそうなご婦人でしたが、よぽど腹に据えかねていたのでしょう。 自己紹介の後、憤り冷めやらぬご様子で、話しがはじまりました。 「実は、この連休に、母の3回忌を行いました。 ご住職様は不在という事で、跡取りの長男がお経を読んでくれました。 その人は、私の子供よりも若く、まだ25歳前後でしょうか・・・ その姿は、肩まである金髪で、耳にピアスをして、衣を着てました。 驚くというか、あきれてしまって、言葉がでませんでした。 ●●宗って、あんな格好が許されているのですか?」 「まぁ、お観音様も長髪ですし、耳にピアスもしていますからね。 私は、その人にお会いした事がないので知りませんが・・・ 何か、素晴らしい信条があってのお姿ではないでしょうか」 と、お答えしたら、間髪入れずに「いいえ、そんな人ではありません」と、声を震わせてさえぎり、その日の出来事を一気に吐き出しました。 「父親と私たち家族、そして、妹の家族で、お寺に行きました。 お手伝いの女性の方が、控え室でお茶を出してくださいました。 約束の時間になった頃、その女性が本堂に案内してくださり、今日はご住職は不在だから、ご長男さんがお勤めしますと説明されました。 しばらく待っておりますと、あの姿で長男が現れました。 そして挨拶もなく、いきなりお経が始まったんです。 しかも始まったかと思うと、10分位でお経が終わりました。 そして、ただ一言。 お焼香をして、お墓におまいりください、ですって。 帰り際の玄関にお寺の奥様が現れ、お布施をお願いしますって。 母は院号でして・・・お布施として15万以上、お膳料で1万円。 塔婆代として、8本分4万円、計20万円以上を請求されました。 お包みしたものをお渡しすると、「確認いたします」と言って、なんとその場で、中のお札を数えはじめたんです。 そして、「領収書は必要ですか?」って、言われました。 今まで、お寺のご住職とお目にかかったのは、一度しかないんです。 お参りしても出てこられないんです、会議だとか打ち合わせだとかで。 葬儀社さんの紹介で、葬儀のお願いに伺った時に、一度だけ。 お檀家になるという約束で、墓地を分けてもらいました。 通夜や葬儀、そして初盆や1周忌の時にお勤めされたのは、ご住職ではありません。そのお寺で働いてた年配のお坊さんが、お経を読んでくれました。 いろいろとお話してくださる気さくな方でしたし、私たちもこの方ならって思ったのに。今春、辞められたそうです。 両親はともに信州の出身で、この町に居を構えて50年になります。 父は四男でして、信州のお寺は長男の伯父が継承してます。 もっと前もって、お寺やお墓について調べたり、探したりしてば良かったと、後悔してます。 今となれば、遅いですが・・・ お墓参りの後、父親が呟きました。 「母さん、喜んでいるのかな?これで、母さんの供養になるのかな?」 この言葉を聞いて、私と妹は、その場で泣き崩れてしまいました。 とっても、悔しくて・・・」 時折、ハンカチで目元を押さえながら、およそ2時間半。 その間、私は言葉を差し挟むことなく、コーヒーを3杯。 そして、別れ際に一言。 「あのお寺の檀家を辞めます」 あなたは、どこかのお寺の檀家さんですか? その菩提寺の名前や宗教が答えられますか? その菩提寺のご住職の顔と名前はわかりますか?
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4月 28日 印象管理

最近受講した、「話し方教室」の内容。 拙い法話が、少しでも心に残ればとの企業努力ですが・・・ 先生曰く、言葉を伝えるには、言葉そのものよりも、非言語の部分が大きい。 そして、「印象管理」をせねばならない、と。 例えば、思いを寄せた子との初めてのデート。 「どこへ誘おうか?・・映画、観劇、吉本?」 「何を着て行こうかな?ご飯はどうしよう?それから・・でも、いきなり、ホテルは・・・まずいよなぁ」 来る日に向けて、しっかり、デートのシュミレーション。 ポイントは・・・自分を彼女にどのように印象づけるか。 デートはもちろん、対人関係、ビジネス。 自分が相手に与える印象を考え、マネージすることが「印象管理」。 ふと、こんな逸話を思い出しました。とんちで有名な一休さんです。 ある日、都の富豪から法事をしていただきたいと使いの者が参りました。 一休さんは、承諾しました。 法事の前日の事。 いつものように、托鉢をする一休さん。 ボロボロの衣を着て、一軒、一軒、軒付けをし、お布施を乞います。 法事の施主家に来た時の事。 「この乞食坊主がっ!」と主が怒鳴り、下男は棒でたたいて追い返しました。 法事の日。 立派な金襴の袈裟と衣を身に着けて、富豪の家に行きました。 その姿を見て、主は大喜びしました。 丁重に迎え入れ、仏前へとお願いしたのですが、一休さんは玄関から、入ろうとしません。 主は困惑し、「どうぞ、お勤めください」と、懇願しました。 そこで、一休さんが一言。 「では、この袈裟と衣に勤めてもらうがええ。 昨日の乞食も、今日の愚僧も同じ身。昨日は、棒をくらい、今日は結構な接待を受けるとは、ひとえにこの衣が立派だからだろう」 黄檗の 三十棒を あてられて みにはれきたる 蝉のぬけがら   一休 あなたは、まず、人のどこを見ますか? そして、あなたは、自分のどこを見てほしいですか?
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4月 22日 家族葬

家族葬という言葉をご存知でしょうか? 最近では、家族葬専門と看板する葬儀社もあるようです。 まぁ、ほとんどの葬儀が、家族葬とも言えなくもありませんが。 だって、故人を送るのは、その家族だから・・・ 家族葬とは、一般会葬者を呼ばないで、家族で故人をおくる葬儀の事。 故人とゆっくりお別れが出来て、しかも、葬祭費用があまりかからないのが利点だとの事。 「故人とのお別れの時間を大切にします」と「葬儀費用の負担が少ないです」が、誘い文句。 しかし、どうなのかなぁ、実際は? 親しく親しく見送るための家族葬なのかな? それとも、もしかして・・・ただ、安いからの家族葬? 【ホントに、安いのかどうかは、わかりませんが・・・】 家族に葬がついて、家族葬。 なんだか、家族という素敵な言葉が葬られた気がしませんか? 家の意識も家長制度も崩れ、核家族になったこの国。 この言葉は、やがて、家族の本質を蝕み、そして、家族そのものを葬る事になる予兆なのかもしれません。
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4月 16日 『千の風になって』に思う

『千の風になって』の歌詞について、尋ねます。 「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」という歌詞が、納得できません。 私は、お仏壇にはよくご挨拶しますし、お墓参りもします。 そこにいてくださる感じがするし、安心できる場所のように思います。 この歌詞についてどう思われますか? MIXIで、このような問いをいただいたのが、年の初め。 答えようにも、この歌をきちんと聴く機会がなく、また、買ってまで聴きたいとも思わなく・・・ 既に、4ヶ月も過ぎました。全く、無常迅速です。 遅くなって、ゴメンナサイ。 この歌は、とても人気があるようですね。 葬儀においても、記帳の時や棺に花を入れる間に流れる事が多いですよ。 きっと、歌声が心地よいし、詩情的な香りが高いからでしょう。 そして、死をイメージしやすいからでしょうか。 この歌に癒された方が多いのも確かでしょう。 故人や遺された家族が、「これでよい」と思っているのなら、 ・・・多分、それでいいのでしょう。 ただ、この歌を褒め称えているお坊さんを見ると、「あれっ?」と、思います。 アートマンを認めないのが仏の教えなのに・・・方便なのかな? さて、ご指摘の 「私のお墓の前で泣かないでください。そこに私はいません」ですが・・・ 私は、お墓の開眼供養の後、こんな話をする事があります。 「墓地を求め、お墓を建て、納骨なさいました。 この場所は、親しく親しくお会いできる所ですが・・・ ここに来なければ、故人様に会えないかというと、決して、そうではありません。 今、あなたの、そのお足元を、よくよくご覧になってください。 ひとつに繋がっている事に気づきませんか? 例えば、あなたの家、学校、会社、あなたの念ずるところ、あなたの思うところで、いつでも、繋がっているのですから」 供養とは・・・ その故人を通して、真実なる世界に気付く契機とすべきものである。 毎朝、仏壇に手を合わせるのは、ご先祖様に、生きる喜びを感謝するためだけでなく、また、死んだお父ちゃんやお母ちゃんを偲ぶためだけでもなく・・・ その奥にある、真実なる仏の世界に手を合わせ拝んでいる事にも気付く事こそが、大切である、と、私は思うのです。 いかがでしょうか? 返事が遅いうえに、こんな回答で失礼いたしました。 最後に、この歌について、ひと言。 「死んでなんかいません」という歌詞について、よくよく点検が必要だな、と強く感じております。
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4月 10日 天上天下唯我独尊

天上天下唯我独尊 私が、この言葉を知ったのは、中学の頃でした。 暴走族の黒い特攻服に、金の糸で縫いこんでありました。 燦然と輝くその文字の意味は・・・この世に怖れる事などない、己のみを高しとする態度の事だと信じておりました。 禅を知り、大学に進み、この言葉と、再び出会いました。 それは・・・お釈迦様の誕生の時のこと。 出産をひかえたマーヤー夫人が故郷に帰る旅の途中。 ルンビニー園を通りがかった時、お釈迦様は誕生しました。 そして、すぐに、四方それぞれに7歩歩き、右手で天を、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と宣言された、と。 大学の先生は、こう説明をしていました。 「私」の命は、この世界に一つしかないもの。だから、私の命は尊い。 そして、全ての命、その一つ一つが、同じように尊いのだ、と。 でも、赤ちゃんなのに・・・ 赤ちゃんが、歩いて話すなんてありえないよ・・・ これは、まるで暴走族みたいな論法だな、と私は感じておりました。 しかし、ご縁あって参禅を繰り返し、お釈迦様を慕う気持ちが強くなりました。 ある日、お師匠様から、次のように示されたとき、「赤ちゃんなのに」 という思いが、ふっと消え去りました。 「天上天下唯我独尊・・・ お釈迦様は、生まれてから今日まで、この事を叫び通しに叫んでるよ。 お前には、その声が、聞こえないかね?」 あなたには、この声が聞こえますか?
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4月 03日 出会いのヒント

・・・世の中、クソ坊主ばかりだね。 今まで、施行した葬式にきた坊主で、まともなのはいないよ。 ただ、衣を着て、お経を読んで、何十万も取るんだぜ。 で、アホ面下げて、威張り散らしてさ。 なんで、あんなのを「先生」って、呼ばなきゃなんないの? あいつら、人の不幸で飯を食ってるだけの最低の人間だよ。 ・・・もう、絶対に、男なんか信じない。 結婚するって、約束しての同棲だったのに。 13年よ・・・13年も一緒に暮らしたのに。私、もう35なのよ。 両親にも紹介したし 彼の田舎にも何度も行って。 それがさぁ、いきなり好きな女ができたからって、その人が妊娠したから別れてほしいって言うのよ。 だから、別れてやったわよ、あんな奴とは。 私、もう、男なんか絶対に信じない。仕事に生きるの。 ・・・あんな会社なんか、もう辞めてやる。 あの馬鹿社長なんか、俺がいなけりゃ、すぐに潰れるさ。 頭をあちこちに下げて、誰が仕事をとってきたと思ってるんだ。 朝から晩まで、休みも返上して、残業手当も昇給も、全くなしだぜ。 俺、女房と小学校のガキが一人いてさ、で、手取りで22だよ。 結局、何もしない社長一家だけが、左団扇だもんね。 もう、ホント、やってられねぇよ。 俺にはノウハウもあるし、それなりに人脈も築いてきたし、だから、独立してさ、あの馬鹿社長に、ひとあわふかせてやるよ。 誤解を恐れずに言おう。 今のあなたを取り巻く環境は あなた自身が造り出したものでもある。 そして、これから現われる出来事も、まず、あなたの心が先導する。 クソ坊主なんてと思う心に あのアホ男なんてと思う心に あの馬鹿社長なんてと思う心に そんな構えた心に そんな凝り固まった心に 新しい発見も、素晴らしい感動も、素敵な出会いも現れる事はない。 いや、その訪れに、気付くことさえもできないだろう。 道元禅師が宋で修行を終えて帰国した時、何も持ち帰らず、空手で帰国した。 ある人が禅師に尋ねた。 「あなたは、かの国から、何を得て帰られたのですか?」 禅師は、微笑みながら、こう答えたという。 「柔軟心<にゅうなんしん>かな」 不平不満、未練、愚痴・・・ 悪徳坊主に、狡賢い葬儀社。 節操のない男に、操の薄い女。 馬鹿な社長に、始末の悪い社員。 思い通りにならない事はたくさんある。 裏切られる事もあれば、足元をすくわれる事もある。 時には、阿呆と思う人にも、頭を下げなければならない事もある。 時には、わずかのお金にも、土下座をしなければならない事もある。 でも 、柔らかな爽やか場所にこそ、人は集う。 そして、穏やかな温かな場所にこそ、豊かな時間と法の潤いが現われる。 だからこそ、・・・くじけないで。 新たな出会いのヒントは、あなたの柔軟心にある。 真面目で 親切で ゆったりと 堂々として どっしり味のある そして、快活な人物 かつて、三鷹の尼僧堂の堂長老師であった長沢祖禅尼は、好きな人と題してこんな言葉を残しておられます。
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3月 23日 嫁ぐ君へ

ともにわかちあおう 喜びも悲しみも そのすべてが、いのちのはたらきである ともに感じよう 柔らかないのちの温もりを そのすべてに、我らは生かされている ともに歩もう 慈しみの道を そのすべてが、尊きいのちとの出会いである 今春、嫁ぐ妹に、この言葉を贈ります。 ・・・わかりゃあいいけど。
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3月 17日 春彼岸

かたよらない心、こだわらない心、とらわれない心 ひろく、ひろく、もっとひろく・・・これが般若心経、空のこころなり 奈良薬師寺 第127代管主高田好胤 大きな大きな心の持ち主さん。 さぁ、堂々と、悠々と、春を歩きましょう。
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3月 10日 付喪神

2年前、あなたと初めてお会いしました。 とても洗練された姿であった事を覚えております。 それから、ほぼ毎日、あなたと共に、時を過ごしました。 あなたには、何でも話す事ができました。 時間も気にせず、私に付き合ってくれましたね。 他愛無い出来事を報告し、嬉しい事や悲しい事を聞いてもらい、そして、人に言えぬ秘密をも共有しましたね。 写真やビデオの編集なども、あなたの力を借りました。 それが、こんな事になるだなんて・・・ 朝、出かける時は、いつもどおりの様子だったのに・・・ こんな事になるのなら・・・ バックアップをとっておくべきだった。 3月3日、突然、パソコンが壊れてしまいました。 不調が続いたとか、落したとかではなく、急なお別れでした。 仕事を終えて帰ると、既に、起動もできない状態でした。 パソコンクリニックの先生に連絡をとったところ・・・ ハードディスクの故障のようだから、データのバックアップは保障できないと、冷たく告げられました。 なんだか、葬式をだしてやりたい、そんな心境になりました。
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2月 27日 二つの坊主頭

坐禅会に参加されているご夫妻のお話をいたします。 お二人共に若く、二十代半ば。 ご主人は公務員であり、奥様は税理士です。 昨年の秋頃の事。 「頭が痛い」と、度々、奥様がご主人に訴えたそうです。 当座は市販の鎮痛剤を服用していたそうですが、いっこうによくならない。 それでは、ということで、ご夫婦で病院に出かけたそうであります。 そして、診察の結果、脳に腫瘍がみつかりました。 医師の話によれば・・・脳の内部ではないので、腫瘍を摘出をすれば、大丈夫だとの事。 普段から、食事や健康に気を使い、身を節して暮らす若い夫婦にとって、予期せぬ出来事でありました。また、手術するにあたり、髪の毛を落とし坊主頭にならなければならない事は、奥様にとって大きな衝撃であったようです。 聡明な奥様の事だから、命よりも髪の毛が大事だと言う事はないにしても、手術の同意書に判を押すのをためらったそうです。 しかし、数日後、奥様のご様子が一変しました。 ふさぎ込んでいた奥様が、大きな声をたてて笑ったとの事。 なんと、それは・・・ ご主人が、坊主頭になってお見舞いに来たのでした。 多くの言葉をもってしても届かない思いを、なんとかして伝えたい、と願っての坊主頭。 この日以来、奥様は落ち着きを取り戻しました。 そして、手術も成功いたしました。 二月初旬、坐禅会に、ペアルックの帽子でご夫妻がお見えになられました。 聖僧様の前で坐る二つの坊主頭に、私は手を合わせ拝みました。
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