大童法慧 | 僧侶的 いま・ここ
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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9月 30日 現場

<出棺> 写真なんか撮るなよ…こんなところを。 優しい言葉なんかかけないでくれよ・・・いまさら。 最期だからといって、そんなに見つめないでくれ・・・恥ずかしいじゃないか。 棺の中の俺の顔を、待ち受けにするのか・・・ 花もそんなにいらないよ。だって、うっとおしいもの。 それなら、酒とおにぎりを入れてくれ。 <収骨> 「骨壺に収まりきらないので、少しお骨を砕いてもよろしいですか。 普通の人よりも、多くのお骨が残っていますから」と、お決まりの言葉。 「では、お近くにお集まりください」と声をかけ、おもむろに箸を構える職員さん。 固唾をのんで見守る一同。 できるだけ平静を装い、「こちらが、下顎です」と低い声で語る。 視線を感じながら、丁重に扱い、壺の中に収める。 「こちらが、右の耳、そして左の耳。穴があいてますよね。」 「そして、こちらが、喉仏です。坐禅をしているような様子です。 このように綺麗な形で残るのは、たいへん珍しいです。」 ・・・案の定、感嘆の声があがる。 嗚呼まるで、骨の品評会。
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9月 06日 木版

私が修行した道場では、夜の坐禅の終わりに、木版が鳴りました。 古参の僧が木版を打ちながら、「生死事大 無常迅速 各宣醒覚 慎莫放逸」と、禅堂に坐る者たちに低い声で朗々と告げます。 静寂の中、木版を叩く音が身体に染み込み、その声が身体に響き渡ります。 生死は事大にして、無常は迅速なり 各々宜しく醒覚すべし 慎んで放逸すること莫れ 一日が過ぎるのは早いから気をつけなさい、という警告ではありません。 時間が私たちの上を走り去っているのではないのです。 そう、私たち自身が過ぎ去っている。 だからこそ、この人生を放逸に過ごしてはならないのです。 あんなに暑かった夏も終わりました。 私たちの夏も過ぎ去りました。 人生を愛おしむ互いでありたいと願います。
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8月 05日 43回忌

43回忌。 白茶けた写真には、太っちょの男の子。隣には三輪車。 こちらに向かって、満面の笑み。 42年間・・・ご両親はこの笑顔に、どれほど救われただろうか。 この笑顔が、どんなに痛かっただろうか。 「和尚さんはいくつ?」 そう聞かれて「昭和44年生まれ、今年44歳です」と答えると、母親はうなずくように話を始めた。 「じゃあ、いっしょだ。うちのは、二つで亡くなったのよ。 生きていたら、和尚さんぐらいだったのね」 とてもとても可愛い、賢いお子さんだった、と。 2歳で、病で、あっという間に、と。 そして、二度と子供を授かることはなかった、と。 帰り際、母親が笑顔で言った。 「ね、お願い。握手して」
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6月 18日 諸悪莫作

諸悪莫作とねがひ、諸悪莫作とおこなひもてゆく。 諸悪すでにつくられずなりゆくところに、修行力たちまちに現ず。 『正法眼蔵』「諸悪莫作」 「悪い事をするなよ」と教えられ、学ぶなかから、やがて、「悪い事を行わない」という心が育つ。 その心とそれを支える出来事や周囲の心があいまって、「悪いことをしようとしても、悪いことをすることができない」という自分が現れる。 私たちの心は育ち、深めることができる。 だから、学ぶこと、即ち、学ぶために師を持つことがとても大切なのです。
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5月 15日 よすが

御法事の後席、ご長男が挨拶をされました。 「おかげさまで、母の一周忌を迎えることができました。 たくさんの方にお参りいただき、本当に嬉しく思います。 本日は、皆さまに、一周忌の記念品をご用意させていただきました。 母の大好きだった、華蔓草の造花です。 そして、それに見合うような一輪ざしを添えさせていただきます。 どうか、母を偲ぶよすがにしてください・・・」 「よすが」を漢字で書けば、縁である。 今と過去を結ぶ縁。 今と今をつなぐ縁。 今と未来を契る縁。 丁寧に心を込めれば・・・ 華、ひとつで、私たちは、この世界全てと繋がる力を持っている。
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3月 07日 組織

思い通りにいかないと、イラつく自分がいます。 評価が足りないと、愚痴を言う自分がいます。 上手く渡る人を見て、嫉妬する自分がいます。 上司が「アホだ」と罵り、部下が「動かない」と嘆いても・・・ 心は、決して晴れはしない。 男の修行  山本五十六 苦しいこともあるだろう 云い度いこともあるだろう 不満なこともあるだろう 腹の立つこともあるだろう 泣き度いこともあるだろう これらをじつとこらえてゆくのが 男の修行である 他の過ちを見るなかれ 他のなさざるを責むるなかれ おのが、何を、如何に作せしかを、みずからに問うべし 『法句経』
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2月 21日 看脚下

ああなりたい自分、こうなりたい自分を思い描いて、そこに歩みを進めている私たちです。 でも、ともすれば、そちらの方に重心がかかっていませんか。 もし、そうだとするのならば、ああなりたい自分が遠ざかってしまうと思うのです。 なぜか。 「いま・ここ」を蔑ろにしては、未来は、それに応じたものになってしまう。 だからこそ、看脚下<かんきゃっか>。 そう、重心を「いま・ここ」に置く。
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1月 27日 suddenly

悲しみは、どうやら、突然やってくる。 そして、突然、やってきた悲しみは、とても悲しい。 「お参りさせてください」と言って、本堂で手を合わす女性。 半時あまり過ぎた頃、「ありがとうございます」と声をかけてこられた。 お茶を進めたら、笑顔で頷いた。 「先日、病院で検査して、癌だと告げられました。 治療を進められたけれども・・・おかげさまで、決めることができました。 ここで、母のことや自分の人生を振り返って、甥には迷惑かけられない、と決めました。 私、もう70年も生きてきた、もう十分だって思えた。だから、治療はしない。」 悲しみは、どうやら、突然やってくる。 そして、突然、やってきた悲しみは、とても悲しい。 でも、私たちは、その悲しみを避けて通れない。 行きつけのショトバーで「同い年だね」と、私に語しかけてきた男がいた。 バツイチ無職、女のところに転がり込んで威張り散らす彼。 9歳の子供の親権は、当然、別れた妻が持っているという。 聞けば、せっかく勤めた会社も、「給料が安い」「馬鹿にされた」と理由をつけ辞めてしまう。 酒を飲めば暴れる、甲斐性なし。 それでも、どういうわけか、女にはもてて食うに困らない。 女は別れたくても、別れられない。 だから、本人は追い詰められない。 でも、今日は違った。 ショットバーではなく、お寺を訪ねてきた彼が、絞り出すように言った。 「息子が・・・」 悲しみは、どうやら、突然やってくる。 そして、突然、やってきた悲しみは、とても悲しい。 でも、私たちは、その悲しみを避けて通れない。 そういえば・・・ 絶望を胸にした時、痛切に思った事がある。 「なぜ、こんなに悲しいのに、こんなに苦しいのに、こんなに辛いのに・・・また、朝がくるのか」 「自分がこんなに悲しくても、朝が来る」 訪れた朝が、憎く恨んだ。 訪れた朝に、怯え震えた。 悲しみは、どうやら、突然やってくる。 そして、突然、やってきた悲しみは、とても悲しい。 でも、私たちは、その悲しみを避けて通れない。 いつも、あなたを思い出す。 いつも、懐かしく思う。 あらざらむ この世の外の 思ひ出に 今ひとたびの 逢ふこともがな   和泉式部
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