大童法慧 | 僧侶的 いま・ここ
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大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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11月 12日 本田美奈子.さんの事

本田美奈子.さんの葬儀・告別式が9日に行われました。 多くの方が、その死を悼み、その不条理さに涙しました。 また、その才能を惜しみ、その人柄を偲ばれたようです。 38歳はあまりにも早い・・・と。 ファンの方の中に、こう、コメントしていた人がいました。 「思い出をありがとう。あなたの事を絶対に忘れない。天国でも大好きな歌を歌ってください。」 突然の訃報に驚いての発言なのでしょう。 でも、これで終わりとするでしょうか? これで、この事を片付けてしまうのでしょうか? もっと、感じ取らなければならない事が、学ばねばならない事が、そして、気付かなければならない事があると思うのです。 人の命は、息を引き取れば終わりです。 つまり、この呼吸が止まれば、終わりなのです。 そして、この呼吸の保証はどこにもありません。 本来、人の命は、それほど、儚いものなのです。 だからこそ、この今が尊いのです。 この命を、この今を、私たちは生きている。 まず、この事を真摯に受け止めなければならないと思うのです。 そして、簡単に、「天国に行った」と言ってもいいのでしょうか? 何某かの信仰を持ったうえでの「天国に行った」は結構でしょう。 しかし、ただ、「天国に行った」と言うのは、思考の放棄です。 じゃあ、どこにいったのか? この問いを発する感性こそが、大切だと思います。 そして、その答えは、思索の遊戯に陥らないという信念の下に、自ずから導かれてくるはずです。 人の命は、確かに、儚いものだけれども、 本当は・・・ 私たちは、一回こっきりの、小さな命を生きているのではない。 大きな、大きな、ひとつの命を生きている。 心より、ご冥福をお祈り申し上げます。
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11月 07日 ご指摘  〔2〕

私は今まで何回も法事に出かけていますが、有難い法話・・・・一度も聞いた事がありません。 普通はお経の後ご住職様は法話をしていただけるのですか? それは、お願いしないといけないのですか? と、コメントを頂きました。 お通夜やご葬儀、そして、ご法事。 お話しなければならない事が、たく…

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11月 05日 大法重きが故に

これは、岩手県の匿名希望さんからのお手紙です。 お祖父様の7回忌のご法事に、若い副住職さんがいらっしゃいました。 お経が終わり、知人の方々が故人との思い出話などをして、さて、副住職さまからのご法話となりました。 おもむろに、副住職さまが話をされます。 「エー、私からの法話ですが、…

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11月 03日 円成

両本山での瑞世、無事に円成いたしました。 円成<えんじょう、と読みます>。 円成とは物事の完成、まどかになる事。円満成就の意です。 その時々において、その折々にふれて、 それが、大きな円であったり、また、小さな円であったり。 ひとつひとつが、まどかなる世界。

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10月 27日 大本山永平寺瑞世

本日より、大本山永平寺に瑞世に行きます。 途中、吉峰寺<きっぽう寺と読みます>に拝宿し、永平寺へ。 そして、得度をしたお寺に、お礼の拝登。帰りは、11月1日の予定。 コメントに、瑞世とは何?とありました。説明不足でしたね。 一朝<いっちょうと読みます>の住職。 つまり、両本山において、文字通り、その日の朝のお勤めの導師を務めることです。 曹洞宗では、和尚になるために、いくつかの段階を踏まなければなりません。この段階とは資格とも、ステップアップとも言い換えられるでしょう。 得度<とくど>をする。これは、出家する事。 安居<あんご>をする。これは、専門僧堂において修行をする事。 首座<しゅそ>をする。これは、他の修行僧の先頭に立ち修行する事。 法戦<ほっせん>をする。これは、首座が他の修行僧と問答する事。 嗣法<しほう>をする。これは、師僧より法を嗣ぐ事。 大まかにあげれば、以上ですが、これらを踏まえた上で、瑞世となります。いわば、一人前になるための仕上げの行となります。 もちろん、修行に終わりはありませんが。 曹洞宗を開かれた道元禅師、それを広めた瑩山禅師。 永平寺は道元禅師、総持寺は瑩山禅師が開かれた寺院です。 その両大本山で導師を務めるのは、多くの僧侶にとって一生に一度のことです。瑞世は、曹洞宗僧侶としての報恩の誓いの場となります。
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10月 24日 大本山総持寺瑞世

曹洞宗においては、本山がふたつあります。 福井県の大本山永平寺と神奈川県の大本山総持寺。 曹洞宗の僧侶は、この両本山に、それぞれ一泊し、一朝の住職を務める瑞世<ずいせ、と読みます>を行じます。 私は先週末に、大本山総持寺において瑞世をし、今週末に大本山永平寺で瑞世します。 曹洞宗…

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10月 21日 別れの意味 〔2〕

たとえ、志半ばで倒れたとしても。 たとえ、物心つくまえであったとしても。 たとえ、百まで生きられたとしても。 必ず、死は訪れます。 いや、既に、生の中に死は含まれている。 じゃあ、どうせ死ぬのなら、早く死じまえ。 じゃあ、どうせ1回こっきり命だから、好きにするさ。 これじゃあ、幼…

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10月 19日 風と落ち葉

出家して間もない頃の秋の黄昏時でした。 あるお寺の前で托鉢をしていた時、ふと、目に留まった伝道掲示板に、良寛さんの詩が書いてありました。 焚くほどは  風が持てくる  落ち葉かな これを見たとき、なんとも言いようのない感動と深い喜びを得ました。 なんだ、これで良かったんだ、と。 …

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10月 15日 別れの意味 〔1〕

ある程度、年をとってくると、慶びごとに出かけるよりも、 むしろ、お悔やみを申し上げに行く事の方が、多くなります。 このたびは、誠にご愁傷様でした。 突然の事で、驚きました。 本当に、残念でした。 これらの言葉を、ご遺族に伝える前に、少し、思いを巡らせて欲しい。 故人のおかげで、今…

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10月 14日 伝道掲示板  〔1〕

今月のお寺の伝道掲示板。 過去が咲いている今。 未来の蕾でいっぱいの今。 河井寛次郎 この今に、これまでの自分の全てが含まれています。 あの時の選択や決断、あの時の出会い。 悲しさに泣いた夜、名状し難い恐怖感。 訪れた歓喜、深く結ばれた共感。 そのどのひとつを欠いても、今の自分はないのです。 この今に、これからの自分の全てが含まれてます。 人生には偶然はありません。 全てが必然なのです。 このことを、因果必然、因果不昧といいます。 種のないところに花は咲きません。 今を大切にすると言う事は、自分の過去を素直に受け入れ、そして、自分の種を愛し、自分を取り巻くこの世界を愛する事だと思うのです。
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