大童法慧 | 僧侶的 いま・ここ
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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10月 07日 法事についての一考察  〔2〕

はじめてのご法事のこと、今でも、覚えてます。 得度して半年が過ぎた頃、老師よりお檀家さんの自宅に行き7回忌を勤めてくるよう、命じられました。 それまで何度か、老師や兄弟子についてお勤めをし、法事の順序次第やその心得も理解しておりました。 因みに、私は27歳の時に得度しました。 頭…

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10月 05日 法事についての一考察   〔1〕

お布施という名の料金表。 以前勤めていたお寺にもありました。 「お気持ちで結構です」が通じない世の中だから、という理由でした。 今は、このシステムがあたりまえでしょうか? 檀家さんを、院号・居士大師・信士信女と3種にクラス分けをし、それぞれに応じたお布施の金額を定めてます。 例えば、このお寺のご法事のお値段。 院号が15万円。居士大師が8万円。信士信女が5万円。 ご法事の内容は、どのクラスでも全く同じです。 本尊上供、修証義1・2章、舎利礼文1辺、回向。 だいたい、20分ぐらいでしょうか。 住職の挨拶なし。もちろん、法話もなし。 控え室にてお茶はセルフでどうぞ。煎餅1枚のサービス付き。 墓前供養ご希望ならば、オプション料金を忘れずに加算しましょう。 お布施が、読経や供養のサービスに対しての対価なのか、という根本の問題はあるにせよ、料金表として提示したからには、そのコストパフォーマンスは問われて然るべきだと、私は思います。 ご法事の在り方、皆さんは何を望まれますか?
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10月 03日 ひとりじゃない

この原稿は、大本山永平寺にて修行中に電話説法の原稿として、某老師にお渡ししたものです。 大阪教育大学附属池田小学校児童殺傷事件の直後に、書いたものです。 児童八人を殺害、教師を含む十五人に重軽傷を負わせたとして殺人などの罪に問われた宅間守死刑囚の死刑が、昨年9月に執行されました。…

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10月 01日 転ばぬ先の杖

ふだん,杖をお使いの方はいらっしゃるでしょうか? これから、私が話す杖は、お年寄りの方が道を歩く時に使用する杖のことではありません。世の中を歩く、人生を支える杖のことです。 若い方にも持てる、いや、若い方にこそ持っていただきたい杖の話です。 この杖の事をわかりやすく言えば、人生観…

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9月 29日 苦しきこと

世の中の 苦しきことを 人問わば 人をへだつる 心と答えよ 見知らぬ人が、ただそこに居たという理由だけで、陵辱されたり殺されたりというニュースを見聞きしますと、修羅の世界だなと感じます。 修羅とは、奪い合う世界のこと。 親が子を虐待し、子が親を殺めるというニュースさえも、今では、…

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9月 27日 祖母の死

福井県にある大本山永平寺で修行をしていた時、 法話の勉強として修行僧をまえにつぎのような話をさせていただきました。 法話の対象が修行僧であるため、分かりづらい所もあるかもしれませんが、その意とするところを汲み取っていただければ幸いです。 *  *  *  *  * 皆さんは、道如…

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9月 26日 ご指摘 〔1〕

しばらく、留守にしてました。 留守中に、ある方からメールを頂きました。 以下、抜粋し引用します。 >仕事柄、様々な方からメールやご意見をいただくのですが、今の世の中、僧侶の方が応えなければならない質問が山積しているように見うけられます。 でも、みなさん、僧侶の方へ質問してはいませ…

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9月 18日 ご報告  接心

ブログ立ち上げたばかりですが、9月26日まで、小休止いたします。 と、申しますのも 皆さんは、接心<せっしんと読みます>をご存知でしょうか? 接心とは、禅門の修行のひとつで、一週間前後、振鈴<しんれいと読みます。起床時間の事>から、開枕<かいちんと読みます。就寝時間の事>まで、食…

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9月 16日 仏様と世間様 問題提起〔3〕 

以前、1年間ほど、ある曹洞宗の寺院に勤めてました。 このときの出来事です。 このお寺の総代さんがご法事を営みました。 故人の徳のおかげか、現在の付き合いが広いせいか、塔婆が40本ほどもあがりました。 法事が始まる直前のことでした。 この総代さんが、ちょっと待ってくれと言うのです。…

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9月 15日 無宗教と世間教  問題提起〔2〕

昨日、らぶり☆さんより頂いたコメントに >宗教っていわれると、ついケイカイしてしまうのはどうしてでしょうね。 とありました。 おそらく、同じ意見の方が多いでしょう。 実は、私も、その一人です。 しつこく勧誘してくるその信者や、羽振りのよさそうな大きな建物、偉そうなお姿の教祖サマ。 そこに、私は胡散臭さと大きな拒絶感を抱いてしまいます。 日本人は欧米に比べ、無宗教だと評されます。 正月は神社に初詣、結婚式は教会で、葬儀は坊主をよんで。 キリストよりもクリスマスを信仰し、檀家だけれども宗派は知らない。 こんな無節操な態度をして、無宗教と批判するのでしょう。 しかし、無宗教よりも恐ろしい宗教があります。 皆さん、わかりますか? それは、世間教です。つまり、それは社会の常識であったり、人の目であったり、世間のものさしのことです。 ある一時期、私も随分とこれに苦しめられました。 威勢のいい人は、俺は俺だ、というでしょう。 考えのない人は、私は私で関係ないよ、と突っぱねるでしょう。 しかし、俺の隣には、世間の壁があり、私の意識の中には、世間の基準が刷り込まれていることに気づかねばならない思うのです。 じゃあ、何ものにも縛られない本当の自由はどこにあるのだろうか? ここが、私の出発点でした。 ここから、禅の世界に入っていきました。 私は曹洞宗の僧侶ですが、実家は浄土真宗です。 つまり、お寺の子ではありません。父親は工務店を経営してます。 縁あって、曹洞宗の僧侶として、得度<トクド・出家すること>をしました。 宗教とは、何かをしてはいけない世界でなく、自由な世界であります。 仏教とは、先祖供養の話じゃなく、この現実の生々しい今の現実のことです。
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