大童法慧 | 大童法慧プロフィール
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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大童法慧(だいどう ほうえ)

私は、曹洞宗の僧侶です。実家は工務店ですので、在家からの出家です。きっかけは、20歳の頃に大切な方を亡くしたことによります。絶望ともいえるなかで「人はなぜ死ななければならないのか、人はなぜ生きなければならないのか」という問いから坐禅との縁を深くいたしました。

 

駒澤大学在学中に、一冊の本を機縁に福井県小浜市仏国寺ご住職原田湛玄老師に出会い、参禅をはじめました。卒業後そのまま仏国寺で修行し、平成9年2月、湛玄老師のもとで得度いたしました。

 

平成10年からおよそ4年間、大本山永平寺で安居修行。平成21年3月から平成26年10月まで大本山總持寺において参禅や法話、祈祷などの役を務めてきました。

 

高校生の頃通っていた塾の壁に、ゴーリキーの言葉が貼ってありました。「才能とは、自分自身を、自分の力を信じることだ」。今、人生の折り返し地点をとうに過ぎて改めて思うのは、結局私は自分自身を信じられなかったから、自分自身ほどダラシナクあてにならない者はいないと痛感したから、僧侶になったのかもしれません。
私は曹洞宗の僧侶でありますが、実は実家の菩提寺は浄土真宗本願寺派です。信心深い家庭ではありませんでしたし、私自身、宗教と関わる必要などないと思っておりました。宗派や開祖の名前は受験のための単語でしかありませんでした。

 

その頃、祖父が亡くなり、はじめて葬儀を経験しました。世界中の悲しみを一身に集めたような気持ちに見合うもの、大好きだった祖父の存在の重さに変わり得るものを通夜や葬儀に求めましたが、残念ながら私には空虚な時間が流れ去るばかりでした。いえむしろ、「南無阿弥陀仏」と唱えるリズムや極楽浄土という言葉に嘘っぽさを感じてしまいました。

 

葬儀後の精進あげの席で、生意気な私は臆することなく「なんで南無阿弥陀仏と言えば極楽浄土に行けるのですか」と和尚様に尋ねました。すると、和尚様は躊躇(ためら)うことなく「親鸞上人が仰ったからだよ」と応えてくれました。しかし、当時の私は「これでは全く話にならん」と勝手に決めて、それ以上に問うことはありませんでした。

 

後日、その和尚様からお手紙を頂戴いたしました。そこには、『歎異抄』の「親鸞におきては、ただ念仏して、弥陀にたすけられまいらすべしと、よきひとのおおせをかぶりて、信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう」という一節が記され、「私、親鸞は法然上人を信じています。お念仏は本当に浄土に往生する種になるのか、また地獄に落ちる行いなのか、私には全くわかりません。けれども、たとえ法然上人に騙されて地獄に落ちたとしても、私は決して後悔はいたしません」という訳まで丁寧に添えてありました。そして、親鸞上人が法然上人を信じたように、私は親鸞上人を信じますと書かれ、「すかされまいらせても、文句ひとつない」人に出会うことができれば、生まれてきた甲斐があると思う、と結ばれていました。

 

お手紙を拝読しても、若い苦労知らずの愚かな私には響くことはありませんでした。いえ却って、宗教というものは怖いものだ、洗脳というものは思考停止だなと受け止めてしまったものです。そして、何より「信じる」という言葉ほど信じられないものはないと感じました。なぜならば、「信じる」という頑なさの裏には疑い、背信、絶望が見え隠れしているような、そんな薄暗さを嫌忌したからです。

 

以来30年近くが経ちました。まさか、私自身が頭を剃ることになろうとは夢にも思っておりませんでしたが、今思うに、菩提寺の和尚様から親鸞聖人に触れたお手紙をいただいたことも、出家の機縁の一つになったと感謝しています。

 

大きな悲しみや挫折から、自分の力だけではいかんともしがたいことがあることを知り、また、生きる力を自分のなかに見出せなくなることも経験もしました。
しかし、幸いなことに私は坐禅と出会うことができました。

 

実は、そのせっかく出会えた坐禅すらも何度も途中で投げ出しそうになりながらの蝸牛の歩みでしたが、幸いなことに師や兄弟子、慈恩師の尼僧様に支えられて「今・ここ」があります。

 

今、あの頃の私のように「生き辛さ」を感じる方に、「それでも生きていく」ためには「禅という手だて」があることをお伝えしたいと願っております。

 

これまでの体験をふまえ『運を活きる~一息の禅が心を調える~』『坐禅に学ぶ』の二冊をさくら舎から上梓しました。

 

現在は福島県郡山市にありますお寺の副住職を勤めております。
また、死別などの喪失からもたらされる悲しみを、佛の智慧に照らして学び、少しでも明るい方向へと進んでいこうという願いから、「悲しみを佛の智慧に学ぶ会」の主宰をしております。