大童法慧 | 令和2年 お盆法話
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
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10月 03日 令和2年 お盆法話

お時間を頂戴してお話しをさせていただきます。

 

まず、ご一緒にお唱え事をいたします。
お配りしましたプリントには、皆さんにお持ち帰りいただきたい言葉、言の葉を書いております。1番をご覧ください。

 

南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧
これを私が先導いたします。本当は、皆さまにこの戒尺の音に続いて、お唱えいただきたいのだけれども、飛沫感染のリスクがありますので、心の中でお唱えいただきます。
では、姿勢を正して、合掌をしてください。

 

南無帰依仏  南無帰依法  南無帰依僧

 

ありがとうございます。
今日は新盆のお参りということで、大きなお悲しみと痛みを抱えてのお集まりの方も多いでしょう。

 

そんな皆様に、今日、お伝えしたいことが一つあります。
それは、供養とは想いを形にするものだということをお伝えしたいのです。
供養とは、あなたの想いを形にすればいいのだ、と。

 

今年2月、卒哭忌を終えたお檀家さんが、フェイスブックにこのような記事を掲載しておられました。ご本人の許可をいただいておりますので、ご紹介します。

 

その前に、状況をお話しいたしますと、亡くなったのは42歳の奥様。ご主人は37歳です。お子さんはおりません。愛情が深かったのでしょう。ご主人は納骨することができないのです。だから、今も、仏壇の脇にお骨を祀りしておられます。

 

【本文】

今日は妻の百か日でした。法要は先週末に済ませています。
今日、会社から帰って、花を新しいものに変え、これまでの月命日や49日などの時のように、妻の好きだった赤ワインとチーズ、生ハムとトマトを供え、お骨の前で一緒に飲みました。今日はとても寒い日でした。身を切るような冷たい風が吹いています。寒くなると、いつも妻は僕のコートの片方のポケットに手を入れてきて、ポケットの中で手をつないで歩いていました。

 

百か日は、「卒哭忌」というそうです。 哭くのを、一旦区切りをつけてやめる日ということだそうです。しかし、今の社会はそこまで優しくなくて、今日まで哭くのをやめるのを待ってくれたりしません。毎日は淡々と過ぎていきます。

 

一方で、残されたものの心の中には、まだまだ冷たい風が吹いていて、起きてしまった事実を受け止められないまま、何をしたらいいのかさえもわからないまま、それでも何かしなくてはとジタバタして、そしてジタバタすることに疲れてしまう。そして、何のためにここにいるのかすらも分からなくなって、もう何もかもどうでもよくなることもあります。

 

けれども、僕は妻の記憶を留め、妻の生きた証を残したいと想っています。「長生きしてね」といってくれた彼女との約束を果たしたい。僕が向こうに行ったときに、「頑張ってきたよ」と胸張って妻に言ってやりたい。

 

これからも、大切な日には、彼女の大好きだった赤ワインとチーズ、生ハムとトマトを供え、一緒に食べて、語りかけたいと思います。そして、まだ涙を流したいと思います。今晩の妻の指輪は、とても暖かいです。

 

いかがでしょうか。
皆様は、このご夫妻の情愛の深さ、死別による寂しさ、痛み、を我が事のようにお受け止めになられたのではないでしょうか。

 

ご主人が奥様にお供えされたもの、それは赤ワイン、チーズ、生ハム、トマトでした。それは、このご夫妻にとって、とても大切な物でした。

 

どうでしょう。
もしかしたら、皆さんのなかには、お酒や精進料理ではないものをお供えするのは不謹慎、不適切だと思われる方がいらっしゃるかもしれません。
たしかにそんなふうな考え方もありますし、そのように説かれる和尚様もいらっしゃいます。

 

でも、私は思うのです。供養とは、想いを形にするもの、だと。

 

カフェで見かけたケーキ。ああ、おいしそうだなぁ。そうだ、これを買って帰って、あの人にお供えしてあげようと想ったならば、それをすればいいと思うのです。
そして、その人と濃やかな時を過ごせばいいのだ、と。

 

言の葉2をご覧ください。5つのお供え、と書いてあります。
私が読みますので、目でおってください。

 

五つのお供え 【お水、お初、お花、お灯明、お線香】

あの人の佇まいを感じながら、お水と食べものを供えたい

共に過ごした年月の素晴らしさを、お花で飾りたい

今・ここに、一緒にいることを信じ、灯りをともしたい

仏と共にある事を念じながら、この香りを届けたい

あの声が聞こえなくとも・・・私は話しかける

 

私はご葬儀の際、喪主様にこれを書いたものをお渡ししております。そして、お初とは、朝、炊いたご飯のことですよと説明します。

 

すると、先日、ご主人と死別された奥様から、こんな質問を受けました。
私の家では、朝はご飯を炊きません。いつもフランスパンと主人がひいたコーヒーでした。できれば、主人の好みであったようにしてあげたいのですが、よろしいでしょうか。

 

私は応えました。
「もちろんですよ。いままで通りになさってください。そして、これからも、これをすれば、ご主人が喜ぶなと想ったことをしてあげてください。供養とは想いを形にすればいいのですよ」

すると奥様は仰いました。
「ありがとうございます。仏事は、細かな決まりがあるのではと心配しておりました。けれども、主人が喜ぶようにすればいいと聞いて、安心しました」

 

もう20数年前になりますが、私自身、とても印象に残っていることがあります。それは、京都の舞鶴を棚経で歩いた時、うな重を供えていたご家庭がありました。亡くなったおじいちゃんの大好物だったそうです。

 

また、こんなお話をご縁のあるご婦人から伺った事があります。
それは、ご主人と二人、病院でがんの告知を受けての帰り道。
ご主人は、思わしくない結果を知らされながらも、「お前もお腹がすいただろう」と奥様を誘ったそうです。奥様は、とても食事する気持ちにはなれなかったけれど、ご主人に半ば強引に連れて、うどんやさんに入った。そして、夫婦で、同じ天ぷらうどんを注文した。
それが、ご主人と一緒に食べた最期の食事だったとのこと。
だから、天ぷらうどんは、私にとって、とてもとても大切な食べ物なの、とお話をしてくれました。

 

また、こんな人もおられました。
奥様を事故で亡くされ、小学生のお嬢さん一人を抱えての生活。
そのご主人は、亡くなってからの7日毎が大切なんですよ、という私の話を聞いて、49日までの7日毎、お子さんが好きだったカレーを作ったそうです。
ママみたいに上手くつくれないけれども、と前置きしながら。
今、その子は中学生になり、お母様の月命日には、その子がカレーを作ってくれているそうです。

 

そう、皆さんは、月命日をご存じですか。
例えば、その方が、8月8日にお亡くなりになられたのならば、毎月8日が月命日です。つまり、9月8日、12月8日、4月8日、そして、8月8日を祥月命日といいます。

 

私たち、誕生日は一年に一度ですよね。
8月8日に生まれたならば、お祝いするのは、8月8日だけです。
9月8日、12月8日、4月8日、にお祝いはしませんよね。

 

だから、月命日というのは、故人様と親しく会える特別な日なんだと心に留めておいてください。

 

これから、お盆を迎えます。どうぞ皆様、故人様のお好きだったものをお供えしてあげてください。
そして、供養とは想いを形にすることだ、と心に刻んでいただきたいと想います。

 

言の葉3をご覧ください。私が読みますので、目で追ってください。

 

お盆         坂村眞民

亡くなった人たちに会える日を

作って下さった

釈迦牟尼世尊に

心からお礼を申し上げよう

そして亡くなった人たちが

喜んで来て下さる

楽しいお盆にしよう

せっかく来て下さった方々を

悲しませたり

落胆させたり

もう来ないことにしようなど

思わせたりしない

心暖かいお盆にしよう

迎え火のうれしさ

送り火のさびしさ

そうした人間本然の心にかえって

守られて生きる

ありがたさを知ろう

 

 

ありがとうございます。
どうぞ、こころ暖かなお盆をお過ごしください。

 

今一度、姿勢を正して合掌をお願いいたします。

 

【普回向】

 


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