5月 08日 あたりまえの事
ご葬儀を終えて、設斎での事。
喪主:「本当にありがとうございました。
とても、素晴らしいお経で、家族も親戚も喜んでおります」
愚僧:「お経の意味がおわかりになられましたか?」
喪主:「はい、何にもわかりませんでした。
でも、そのお経の時間が、素晴らしかったです。」
愚僧:「?」
喪主:「その時間だけは、亡くなった母の事だけを思う事ができました。
その時を持てた事が、本当に、ありがたかったです」
宗教者の大切な使命のひとつは、生において最も厳粛な時である命の終わりを、遺された家族と共に共有する事。
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昨今の葬儀に対する不満は、宗教者がその勤めを果たさない事にも起因すると考えております。
例えば、通夜や葬儀のお勤めはしても、法話をしない。
授けた戒名の意味さえ説こうとしない。
火葬場への随行は多忙を理由に断るか、オプションとして料金を加算する。
そして、求めるお布施は、あまりにも法外な高額なもの。
これでは、人が亡くなるという最も厳粛な時をその宗教者が冒涜している、と申しても過言ではないでしょう。
人が亡くなるということを、いかに見るのか。
これを説くことこそが、葬儀における宗教者の務めであると思うのです。
昨今では・・・
葬儀司会の方の話が法話よりも心に響き、
担当者が宗教者よりも葬家に寄り添い親身になり、
葬儀社がグリーフワークを提唱し、宗教者まで養成する。
このままでは、寺院は箱だけとなるかもしれませんね。
私の思う葬儀、それは、自分の肉親を亡くしたときと同じ様に執り行う事。
今の私なら、通夜・葬儀・初七日の読経、火葬場への随行はもちろん、希望あれば枕経、そして、その後の回忌法要も行いたい、と。
経済的な理由だけで、炉前でのみの法要を選択する人がいるのなら、そのお布施で通夜も葬儀もしてあげたい、と願っております。
出会った方々とのご縁を大切にし
その時々の法話で、仏の教と何か、を伝えていけたら、と。
しかし、本来、この思いは特別な事じゃないはずです。当たり前の事。
葬式仏教と揶揄されながらも、残念ながら、現在の寺院経済の地盤は、葬式や法事が主たるのも、また事実です。
ならば・・・
心のケアまで含めた仏教的な葬祭の確立を考えるべきだ、と。
remains
Posted at 14:45h, 09 5月SECRET: 0
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今まさに宗教が問われている問題ですね。
人がより良く生きる為、より良く死んでいくための心のよりどころが求められているのだと。
これからの全ての宗教家は、人と寄り添いながらの心の師を目指さねばなりません。
そして一般人も心の師の大切さを理解しなければなりません。
特に仏教は自己啓発の糧になり得ます。宗派宗門にこだわらず、本来の仏教の心を軸に
人間の生きる為の倫理を広める事が肝要でしょう。
日々精進させていただいております。
法慧
Posted at 18:03h, 10 5月SECRET: 0
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試行錯誤しながらの歩みです。
しかし、ひとつの形になれば、と切に、願っております。
明るいあきぼん
Posted at 00:36h, 11 5月SECRET: 0
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葬儀や法要は、そんなに多くあるものでもなく
教わるところが少ないかと。。。
なので、何が正しいのかとかわからないですね。
例えば、火葬場への随行ですが、今まで見たことがありません。
今回はじめてしりました。
先日葬儀があったのですが、初七日を葬儀と一緒にしました。
親戚が集まるのが難しい場合にするけど、それもありだとお坊さん曰く。
これって私達の都合でいいのかなと思いつつ。
またお坊さんが忙しいということで
火葬後初七日法要をするはずが、火葬前にしました。
なくなられた方が成仏するようにとお経を唱えるのに
私達の都合でまとめてしたりするのはどうなでしょうか???
日本人は働き者です。。。
鈴木晴之
Posted at 09:50h, 11 5月SECRET: 0
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生意気な様ですがおっしゃる事は至極もっともな事で特別な事ではないと思います、でもその特別ではない当たり前が出来る事が特別な事と残念ながらなっています
葬儀業者が宗教者の領域へ入って行くでしょう、宗教者が行っていた心に関する事を自らが行っていくのは既に必然と葬祭業者は思っているはずです、葬祭業者は変化し始めています。
しかしその反面、宗教者が葬儀業者の仕事も出来るのではないかと思うのは私だけでしょうか?
実際に宗教者が葬祭業者の役割もこなされている事を業界紙で読んだ事があります、それはそれで非常に喪家には優良なサービスだと書かれていたと思います
方法は別としても是非ともより良い道を突き進んで頂きたいと思います
法慧
Posted at 17:55h, 11 5月SECRET: 0
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葬儀や法事には、深い宗教的な意味もあるけれども、そこには、民俗的な、土俗的な意味も強くあります。
因習に騙されない事が大切です。そのためには、深く知る事だと思います。
法慧
Posted at 17:59h, 11 5月SECRET: 0
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宗教者の見識、葬儀社の都合、遺族の思い。
宗教者の思い、葬儀社の見識、遺族の都合。
宗教者の都合、葬儀社の思い、遺族の見識。
バランスかな?
いつまでも
Posted at 19:09h, 28 5月SECRET: 0
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偶々直前に行き遭った臨済宗東福寺派管長 福島慶道さんの「明日への視座-京都・滋賀からの発信」の法話が参考になるのではないかと考えお知らせいたします。
http://kyoto-np.jp/kp/rensai/asu/42.html
なお、このブログへもどのようにして辿りついたのか定かでありませんが、ゆっくり拝見させて頂こうと考えます。
蓮花
Posted at 10:32h, 13 3月SECRET: 0
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はじめまして。
貴方様の葬儀に対してのすばらしいお考えにコメントを入れずにはいられず突然で失礼します。
私は葬儀社に勤めて3年になります。
3年の中で、故人様 ご家族様を想って葬儀にいらした宗教者様はたったのお一方(私個人の思いですが)。残念で仕方ありません。汚い言葉ですが「金儲け」しか頭にない宗教者様が多過ぎます。そして傲慢である。しかし傲慢にしてしまったのは葬儀社にも責任はあると思います。なぜなら、あまりにもお寺を崇め奉りすぎ。お葬式は、葬儀社のためでもなく寺院のためでもない。故人様のためのお葬式です。故人様が安心して旅立たれることが重要です。そのお手伝いをさせていただくのが私たち葬儀社。貴方様のようなお考えの宗教者がもっともっと居てくださることを心より願います。
乱文をお許し下さい。
慧
Posted at 06:11h, 14 3月SECRET: 0
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あなたに、ご縁が現れていないだけだと思います。素晴らしい宗教者は、たくさんいますよ。いいご縁があるといいですね。