大童法慧 | 棺
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
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12月 18日

山頭火は、「焼き捨てて日記の灰のこれだけか」と己の人生を嘆いた。

 

数ヶ月前、Facebookはやめた。
数年前から、年賀状も暑中見舞いも出していない。
お中元も御歳暮も、「仕舞い時なので、ご放念ください」としたためる時期にきたのかもしれない。

 

今週、大きな段ボール15箱分の書籍を捨てた。
書きためていたもの、集めていた資料なども全て捨てた。
人生の残り時間を考えたら、「もう手に取ることもないだろうな」、と。

 

出家の時には、何も持っていなかったのに。
そして、「何も持たずに生きていこう」と誓ったのに。
気づけば、物だらけだった。・・・恥ずかしい。

 

できるだけ、捨てよう。
もう、私には必要ない。

 

旅立つ時は、身体ひとつ。
棺の中には多くは入らないし、花は入れないで欲しい。

 

今日もいいことがありました!

 

 

 

 

 

 

 

 


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