9月 16日 仏様と世間様 問題提起〔3〕
以前、1年間ほど、ある曹洞宗の寺院に勤めてました。
このときの出来事です。
このお寺の総代さんがご法事を営みました。
故人の徳のおかげか、現在の付き合いが広いせいか、塔婆が40本ほどもあがりました。
法事が始まる直前のことでした。
この総代さんが、ちょっと待ってくれと言うのです。
塔婆の順番が違うから直さないといけないから、と。
仏法に塔婆を立てる順番はありません。
その順番は世間の法、世法です。
皆さんもご経験がありませんか?
法事や葬儀の際、どこに座ればいいのか分からなかった事。
譲り合うばかりで、前のほうに座るのは遠慮する方が多いですね。
これも、座る順番なんか決まってません。
仲良く座ればいいのです。
ご法事は仏様の世界に向かってやることであって
世間様に笑われないためにすることじゃない。
仏教は計らいを最も嫌います。
計らいとは、小さな知恵です。自分可愛さのための策略や、自己防衛のための欺瞞や嘘、そして、言い訳。
その自分よかれの計らいによって、本当は、どれほど自分が苦しんでいるか、また、どれほど他人を苦しめているか、そこに気付くのが仏の教でしょう。
故人を偲び、その真実に気付くべき法事の場でさえも、この世のしがらみや勘定に捉われては、もったいないと思うのです。
気付くべきことに気付く絶好のチャンスを失ってしまうことになりかねません。
塔婆の順番が違うからと法事に待ったをかけた総代さんに、このことを伝えなければと思いましたが、住職はいっしょになって順番を考えてました。禅宗坊主なのにね。
もっとも、檀家さんを 、信士信女、居士大師、院号とクラス分けにし、定食屋よろしくお布施の料金表を作り、足りなけりゃ文句を言うようでは、衣を着た世間様ですね。
無宗教と世間教、そして、仏様と世間様
この違い、どう思いますか?
塔婆について
宗派によっては塔婆を建てません。
曹洞宗は塔婆を建てますが、地域や住職の見識によって、建て方が異なります。たくさん建てる所もあれば、1本のみところもあります。
ただし、これからの時代、地球環境を考えれば、あまり建てるのも?
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