大童法慧 | 喫粥了
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
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7月 30日 喫粥了

しなくてはならない事から目を逸らし、自分のやりたい事しかしようとしない怠け者。

 

禅の道場の朝ごはんは、お粥です。
お粥をいただくことを喫粥(きっしゅく)といいます。
そして、喫粥が了ならば、食べ終わったならば片づけなければなりません。

 

あなたは、朝ご飯、食べましたか?
食べた後、片づけましたか?

 

私たちの「したいこと」と「しなくてはならないこと」は異なります。
「したいこと」をするのは格好いいし気持ちいいし、それに勝るものはないでしょう。
けれども、「しなくてはならないこと」は「しなければならない」のです。
あなたの立場、あなたの責任において、それは果たさなければならない。

 

朝ご飯を食べる。食べたら片づける。

朝ご飯だけの話ではありません。
あなたの仕事、家庭、学校、暮らし、「今・ここ」。
喫粥了。

 

しなくてはならない事に目をつぶり、自分のやりたい事しかやろうとしない愚か者。

 

 

 

 

 

 


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