大童法慧 | 禅語・仏教語・言の葉
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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禅語・仏教語・言の葉




10月 20日 悲しみ

彼は8歳の時、父を亡くした。 母は、そののどぼとけを小さなガラス箱に入れた。 そして、毎朝一番に水を汲み供えるように、彼に命じた。 彼は、共同の井戸から15分以上かけて、その水を運び続けた。 かなしみはいつも        坂村真民 かなしみは みんな書いてはならない かなしみは みんな話してはならない かなしみは 私たちを強くする根 かなしみは 私たちを支えている幹 かなしみは 私たちを美しくする花 かなしみは いつも枯らしてはならない かなしみは いつも堪えていなくてはならない かなしみは いつも噛み締めていなくてはならない 悲しみを受け止める事、そして、温める事。 悲しみから学ぶ視点こそが、大切ではないのだろうか・・・
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9月 24日 慈経

「政治とは生活」と宣言する政党もある。 「宗教とは生活」と宣揚する宗派もあってよさそうものだ。 よく教えの道理を会得したる者が 自由の境地を得てのちになすべきことはこれなり 有能、率直、そして端正なること よき言葉を語り、柔和にして、高慢ならざること 足ることをしりて、養いやすきこと 雑事にかかわらず、簡素に生きること 五根をきよらかにして、聡明、謙虚なること 檀越の家におもむいて貪りなきこと 汚れたる業をなして識者の非難をうくることなかれ ただ、かかる慈しみのみ修すべし 生きとし生けるものの上に 幸いあれ、平和あれ、恵みおおかれと たとい如何なる生を受けし者も 恐れにおののく凡夫も、悟りて恐れなき聖者も 丈たかき者も、その身大いなる者も 中ほどの者も、小さなる者も、いうに足らざる者も 目に見ゆるものも、見えざるものも 遠くにあるものも、近きにあるものも すでに生まれし者も、やがて生まれくる者も 生きとし生けるものの上に幸いあれ たがいに他者を欺くことをせざれ いずこ、なにものにも、軽賎の思いをいだくなかれ 憤りにかられ、あるいは、憎しみのゆえに 他者の苦しむをねがうべからず あたかも母たる者がその独りの子を おのが生命をかけて守るがごとく すべて生きとし生けるものの上に 限りなき慈しみの思いをそそげ まことに、一切の世間のうえに 限りなき存在のうえに、この思いをそそげ 高きところ、深きところ、また四方にわたり 怨みなき、敵意なき、限りなき思いをそそげ 立つにも、行くにも、坐すにも、臥するにも いやしくも眠りてあらざるかぎり 力をつくしてこの思いを抱くべし ここに聖なる境地というはこれなり 「慈経」『スッタ・ニパータ』 南方仏教において、この経典はいつでもどこでも唱えられてるそうです。
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8月 05日 言の葉 〔11〕

爾は、玉をもって宝となす。 我は、その玉を受けざるをもって宝となす。 『韓非子』喩老扁 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 宋の野人、耕して玉を得、これを司城の子罕に献ず。 子罕、受けず。 野人請いて曰く、此れ宝なり。願わくば相国、これを賜となしてこれを受けよ 子罕曰く、子は玉を以って宝となすも、我は受けざるをもって宝となすなり 『呂氏春秋』
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6月 05日 本来の面目

成仏の道とは、自心を悟る是なり。 自心と云うは、父母も未だ生まれず、わが身も未だなかりしさきよりして今日に至るまで、移る変わることなくして一切衆生の本性なる故に、是れを本来の面目と云へり。 『抜隊仮名法語』 「成佛の直路」 ・・・蝸牛の歩みの遅くとも 一歩、一歩の菩提心
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4月 10日 天上天下唯我独尊

天上天下唯我独尊 私が、この言葉を知ったのは、中学の頃でした。 暴走族の黒い特攻服に、金の糸で縫いこんでありました。 燦然と輝くその文字の意味は・・・この世に怖れる事などない、己のみを高しとする態度の事だと信じておりました。 禅を知り、大学に進み、この言葉と、再び出会いました。 それは・・・お釈迦様の誕生の時のこと。 出産をひかえたマーヤー夫人が故郷に帰る旅の途中。 ルンビニー園を通りがかった時、お釈迦様は誕生しました。 そして、すぐに、四方それぞれに7歩歩き、右手で天を、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と宣言された、と。 大学の先生は、こう説明をしていました。 「私」の命は、この世界に一つしかないもの。だから、私の命は尊い。 そして、全ての命、その一つ一つが、同じように尊いのだ、と。 でも、赤ちゃんなのに・・・ 赤ちゃんが、歩いて話すなんてありえないよ・・・ これは、まるで暴走族みたいな論法だな、と私は感じておりました。 しかし、ご縁あって参禅を繰り返し、お釈迦様を慕う気持ちが強くなりました。 ある日、お師匠様から、次のように示されたとき、「赤ちゃんなのに」 という思いが、ふっと消え去りました。 「天上天下唯我独尊・・・ お釈迦様は、生まれてから今日まで、この事を叫び通しに叫んでるよ。 お前には、その声が、聞こえないかね?」 あなたには、この声が聞こえますか?
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3月 23日 嫁ぐ君へ

ともにわかちあおう 喜びも悲しみも そのすべてが、いのちのはたらきである ともに感じよう 柔らかないのちの温もりを そのすべてに、我らは生かされている ともに歩もう 慈しみの道を そのすべてが、尊きいのちとの出会いである 今春、嫁ぐ妹に、この言葉を贈ります。 ・・・わかりゃあいいけど。
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1月 13日 情緒

わが名をよびて わが名をよびてたまはれ いとけなき日のよび名もて わが名をよびてたまはれ あはれ いまひとたび わがいとけなき日の名をよびてたまはれ 風のふく日のとほくより わが名をよびてたまはれ 庭のかたへに茶の花のさきのこる日の ちらちらと雪のふる日のとほくより わが名をよびてたまはれ よびてたまはれ わが名をよびてたまはれ 三好達治 『花筐』 ・・・この詩は、私を出家に導いてくれた尼僧様に教えて頂きました。
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7月 08日 袖ふりあうも

袖ふりあうも 多少の縁 恋焦がれたあの娘に袖にされ、多少の縁さえもないものなのか・・・ と、頭を抱えた純な中学生でした。 正しくは、多少の縁ではなく、他生の縁であり、多生の縁であると知った。 袖ふりあうも 他生の縁 今生<こんじょう>は、この世の事。 他生<たしょう>とは、前世や来世の事。 輪廻の中に、幾たびも生まれ変わり死に変わりする故に、多生。 悠久の時の流れの中で、いま・ここに、ご縁が熟して、ご縁が現れた。 ・・・だから、あなたと、出会えた。
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6月 25日 言の葉 〔10]

まことに、人間は生まれながらに、口中に斧を生やしている。 愚かな人は悪口を語っては、それで自分自身を斬っている。 『スッタニパータ』657 デンタルケアもオーラルケアも大切だけれども・・・口中の斧に気付く事。 危険!この斧は、よく切れます。
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6月 15日 知恵と智慧

知恵とは、物事の道理を判断し、処理していく働き。 物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。 自分のみを良しとする時、己のみを高しとする時、 小賢しさが顔をもたげ、知恵は悪知恵となり人を傷つける。 ふたつに分ける二元的なものの見方は、執着を生み、苦の原因となる。 仏教では、知恵とは書かずに、智慧と書く。 摩訶般若心経の般若とは、智慧の事。 物事をありのままに把握する真実なる眼。 本当は・・・無眼耳鼻舌身意。 眼が無く、耳が無く、鼻が無く、舌が無く、身が無く、意が無い人は誰? 私という塊はない。 ひとつの世界。分け隔てのない世界。
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