大童法慧 | どうせ死ぬのに
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
39345
post-template-default,single,single-post,postid-39345,single-format-standard,ajax_fade,page_not_loaded,,vertical_menu_enabled,side_area_uncovered_from_content,qode-child-theme-ver-1.0.0,qode-theme-ver-7.2,wpb-js-composer js-comp-ver-5.0.1,vc_responsive
 


2月 01日 どうせ死ぬのに

山形の大学で、学生さんたちに「どうせ死ぬのに、あなたはなぜ生きるのか?」についてお話をする機会を頂戴しました。

 

どうせ死ぬのは、みんな同じです。
みんな、どうせ死ぬ。
ならば、なぜ生きなければならないのだろうか?

 

実は、私は20の頃、このことを真剣に考えて禅の坊主になりました。
いや、なりそこねていますが、、、、

 

心に何か一つでも響くものがあれば、嬉しく存じます。

 

今日もいいことがありました!

 

 

 

 

 


コメントはありません

コメントを残す