7月 09日 心が狭い
拙ブログの記事を、そのままコピペして自分の日記として公開されている人がいます。
タイトルまで同じにして、よほど気に入ったのでしょう。
なぜこんなことをするのでしょうか?とコメントを入れたら・・・「心の狭い人だ」とメッセージが送られてきました。
苦笑しながら、個人主義的価値相対主義という言葉を思い出しました。
即ち、「人間には自由に生きる権利があるけん、迷惑さえかけんかったら、何をしたっていいんじゃろ」と装う人。
お釈迦さまのお言葉ふたつ。
人間関係に少し疲れた時に味わいたいお示しです。
他人の過ちは見えやすく、自分の過ちは見えにくい。人は他人の過ちを籾殻(もみがら)のように吹き散らす。しかし自分の過ちは、狡賢(ずるがしこ)い賭博者が自分の不利なサイコロをごまかすように、覆い隠す。他人の過ちを見るべきではない。他人がやったこととやらなかったことを見るのではなく、自分がやったこととやらなかったことを常に見るべきである
黙している者も非難され、
多く語る者も非難され、
すこしく語る者も非難される。
世に非難されない者はいない。
太奇俊也
Posted at 19:53h, 12 7月暑い時節と存じます。(当地は冷夏です )如何お過ごしですか?
とんでもない輩がいるのですね。(呆れてしまいます)
『大法輪』の連載、有難く拝読しています。(布教を志す宗侶にも、学ぶようにすすめています)
自ら考え、自ら行動しながら、自らを調える。そんな一人を(微力ながら)育てたいと、念じています。
連載終了後の、出版を楽しみにしています。
(余計なことですが)連載最初の方は、拙僧には少し息苦しく、読みにくいところもございました。段々と深くなっていると、唸っています。合掌
大童法慧
Posted at 23:48h, 12 7月佐野老師
お世話になっております。コメント、ありがとうございます。
『大法輪』のおかげで、『修証義』に真正面から取り組む機会を頂戴しました。
感謝しております。
少し仏教を学んでみようかと思うあなたを、生き辛い世の中だなと感じるあなたを
主語にして取り組んできましたが、苦心の連続でした。1年半かけて五章に入り、漸く
ゴールが見えてきたところです。何か一言でも響くものがあれば、嬉しく存じます。
時節柄、ご自愛ください。 法慧拝