大童法慧 | houe_admin
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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Author: houe_admin




7月 28日 お寺が続く限り

新しく永代供養墓を作って売り出すという人に会った。 跡取りのいない家庭がターゲットだそうだ。 いやね、結婚しないのもいれば、子供を作らない夫婦もいるだろ。 こんな社会情勢じゃ、檀家制度も長くはねえからな、と、したり顔。 で、どう供養するのですか?と問えば・・・ そりゃ、永代供養墓と合祀墓を作って売るのよ。 予算がなけりゃ、最初から合祀墓に入ってもらってさ。 もっとも、永代供養墓に入っても、33年経てば、合祀墓に引越しをしてもらう事になるんだけどさ。 こちらでは、永代供養とは、33年のご契約。 お葬式費用一式、戒名の料金、33年間分の護持会費、付け届け、年忌法要のお布施、塔婆料金、お施餓鬼、等々のお支払いは、一括払い。 永代とは33年ですか?とお伺いしたら・・・ だって、きりがねえじゃねえか、と、あっさり。 けど、33年以上の物を納めてくれるのなら、話は別だけどさ。 じゃあ、いつ供養するのですか?と尋ねたら・・・ そりゃ、お盆のお施餓鬼の時にでもまとめてやるのよ、と、きっぱり。 俺は金にならねぇお経は読まない事にしてるから、朝課も晩課もしねぇよ。 お前もよく考えなよ、って、言われたけれど。 お前も阿呆な考えはやめて、ここで役僧をしなよ、って、説教されたけど。 結局、青臭い想いが邪魔をして、お断り。 もし、跡取りのない人が、お墓の事を思い悩んでいるのなら・・・ もし、身寄りのない人が、自分の最期を気にしているのなら・・・ ・・・やっぱり、銭や金の事など言わずにさ、そろばん勘定なんてしなくてさ、その人の事を慮ってさ・・・だって、頭を剃ってるのだからさ・・・ 「何も心配いらないよ。お寺が続く限り、護るからね」 「何も心配いらないよ。お寺が続く限り、供養するからね」
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7月 21日 バンザイクリフ

サイパンには、日本が委任統治した歴史がある。 そして、1944年7月7日サイパン部隊は玉砕。 サイパン島の最北端の岬、マッピ岬。 千名を超える人々が、80メートルの断崖絶壁の岬から身を投げた。 飛び込めない子を絞め殺し、共に逝く人。 生まれて間もない子を、体に縛りつけて飛び込む母。 水面には、鮫の群れが見えたという。 この島で、日本に一番近い場所を、死に場所にした誇り。 狂わんばかりの恐怖を、絶体絶命の絶望を、悔しさと命の呻きを、 「天皇陛下万歳」と、大きな声で叫ぶ事で、全て、押し殺した。 その場所が、バンザイクリフ。 今そこには、多くの慰霊碑や塔婆が並ぶ。 海底にも、慰霊碑があるそうだ。 そして、ダイビングスポットでもあるらしい。 先の戦いにおいて、仏教者の多くが戦争を支持したという批判。 不殺生を説くべき者が、何故に、体制側にこびたのか、と。 私の中で、未だ、確かな答えはないけれども・・・ 徒に、平和を叫ぶよりも、この涙の中に、僧侶として在りたい。 この恐怖の中に、この絶望の中に、この悔しさと呻きの中に。
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7月 08日 袖ふりあうも

袖ふりあうも 多少の縁 恋焦がれたあの娘に袖にされ、多少の縁さえもないものなのか・・・ と、頭を抱えた純な中学生でした。 正しくは、多少の縁ではなく、他生の縁であり、多生の縁であると知った。 袖ふりあうも 他生の縁 今生<こんじょう>は、この世の事。 他生<たしょう>とは、前世や来世の事。 輪廻の中に、幾たびも生まれ変わり死に変わりする故に、多生。 悠久の時の流れの中で、いま・ここに、ご縁が熟して、ご縁が現れた。 ・・・だから、あなたと、出会えた。
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6月 30日 生まれくる君に

生まれてくる子に名前をつけて欲しいと頼まれたのが、3月。 36歳で初産。予定日が8月との事。 男と女の連れ合いが父と母に変わり、命の前にひざまずく。 激しいつわりもなく、経過は順調のように思えたけれども、5月に緊急入院。 早産の危険がある、と。 もう、この病院では手に負えないからと、転院をしたのが6月はじめ。 喜びが不安に負けそうになり、胸が張り裂けそうな時を過ごす。 もしや、とおののきながら、ただ祈る日々。 自分が代われるものなら、代わってあげたい、と切に願う父。 自分の命はどうなっても、この子だけは守りたい、と切に願う母。 ・・・父と母と子が、ひとつの家族になれた瞬間。 ねぇ、君。 君のお父さんとお母さんは、今、君を授かった喜びをかみしめながら、 命懸けで、君を守ろうと真剣に全力で戦っているんだよ、わかるだろう。 あと、3週間。いい子にしているんだよ。 そうすれば、きっと、とても素敵な事があるからね。 そうそう、お釈迦様がこんな話をしてるよ。 大海の底に一匹の盲亀がいて百年に一度、波の上に浮かび上がる。 その海に一本の浮木が流れていて、その木の真中に一つの穴がある。 百年に一度浮かぶこの亀は、この浮木の穴から頭を出せるだろうか? これは、難しい事だよね。 けれども、実は、この世に生まれる事はもっとたいへんな事なんだって。 じゃあ、大地の土と、爪の上にのせた土とどちらが多いと思うかな? 大地の土の方が多いよね。大地の土はいのちの事。 そのいのちが、人として命を享けるのは、爪の上の土ぐらい少ないんだって。 ・・・命を授かる事を、当たり前のように思ってしまうけれども、 本当は、簡単な事ではないんだ。 人間の世界の有り様を観ずれば・・・ 好きで生まれてきたわけじゃないと、ほざくガキもいる。 家や親を選んで生まれてきたかったと、のぼせる阿呆もいる。 やっとの思いで、生まれ育てられた命を捨てる人もいる。 育児放棄し虐待する親もいれば、聞き分け出来ない子もいる。 しかし、人は願生し、娑婆国土しきたれり。 私たちは、願って願って、願われて、その願いが叶って、人として生を享けた。 私たちは、願って願って、願われて、その想いが通じて、この世に生を享けた。 ねぇ、君。そうだよね。 今の君なら、わかるよね。このいのちの在り方が・・・ 大丈夫だからね。絶対に、大丈夫だよ。
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6月 25日 言の葉 〔10]

まことに、人間は生まれながらに、口中に斧を生やしている。 愚かな人は悪口を語っては、それで自分自身を斬っている。 『スッタニパータ』657 デンタルケアもオーラルケアも大切だけれども・・・口中の斧に気付く事。 危険!この斧は、よく切れます。
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6月 15日 知恵と智慧

知恵とは、物事の道理を判断し、処理していく働き。 物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。 自分のみを良しとする時、己のみを高しとする時、 小賢しさが顔をもたげ、知恵は悪知恵となり人を傷つける。 ふたつに分ける二元的なものの見方は、執着を生み、苦の原因となる。 仏教では、知恵とは書かずに、智慧と書く。 摩訶般若心経の般若とは、智慧の事。 物事をありのままに把握する真実なる眼。 本当は・・・無眼耳鼻舌身意。 眼が無く、耳が無く、鼻が無く、舌が無く、身が無く、意が無い人は誰? 私という塊はない。 ひとつの世界。分け隔てのない世界。
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6月 07日 変える事のできるもの、できないもの

神よ、 変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与え給え。 変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与え給え。 そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与え給え。 ラインホールド・ニーバー <大木英夫 訳> 米の神学者、倫理学者ラインホールド・ニーバーが教会で説教したときの祈りの言葉。 この言葉は、神学者フリードリッヒ・オーティンガーの作という説もあれば、古代アラビアから伝わってきた説などもあるそうです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ これを経営哲学と解釈して、座右の銘とする経営者も多いようですね。 変えることのできるもの と 変えることのできないもの 貴方の変えることのできるもの と 貴方の変えることのできないもの 生活の変えることのできるもの と 生活の変えることのできないもの 仕事の変えることのできるもの と 仕事の変えることのできないもの 世間の変えることのできるもの と 世間の変えることのできないもの 人生の変えることのできるもの と 人生の変えることのできないもの 神様に頼ってないで、たまには、自分で数えてみましょう。 きっと、気付くはずです・・・ 真理は、変えることのできないものの中にある、と。
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6月 05日 言の葉 〔9〕

熟した果実がいつも落ちるおそれがあるように 生まれた人はいつでも死ぬおそれがある。 感興のことば <ウダーナヴァルガ> 無常11 生まれたばかりの赤ちゃんであっても、熟した果実。 生意気盛りの横着なクソガキであっても、熟した果実。 要領よく人を信じない新社会人であっても、熟した果実。 リストラされ職が容易にみつからない年になっても、熟した果実。 自分で用意した天下り先に再就職する年になっても、熟した果実。 平均寿命を超えたとしても、熟した果実。 すべて、熟した果実。 生まれたときに、既に、熟した果実。 エリート官僚も ヤクザも 坊主も キャバ嬢も ニートも 健康自慢であっても 幸せのような気がしていても すべて、熟した果実。 生まれたときに、既に、熟した果実。
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5月 31日 豊潤な祈りの時間

「毎朝、お初をお供えして、お茶と水をあげて、線香をたてて、手を合わす。 ご先祖様にじゃないよ、親父とお袋にだよ、俺が手を合わせるのは。 もう、親が死んで33年だよ。俺も、もう間もなく70さ。 いつお迎えが来ても、おかしくはないさ。覚悟はしてるよ。 お恥ずかしいけど、独り身でさ。結婚はしたんだけど別れちゃってね。 幸い、ガキもできなかったから。 33年の区切りっていうか、 なんだか、お坊さんにお経を読んでもらいたくなってね。 悪いけど、うちまで来てお経をあげてもらえないかな? 少し、遠いけれどお願いします。」 ・・・しわがれ声だけれども、穏やかな響きある人から電話があった。 自宅でのお勤めを終えての茶飲み話。 毎朝、亡き母を思い、亡き父を偲ぶ。 何かあれば、母に打ち明け、父に頼る。 頂き物があれば母に見せ、季節になれば旬の物を父にすすめる。 若い頃、親の意見など耳も貸さず、家を飛び出したけれども・・・ 今だからこそ、この時が持てた。こうして、この形で話しができる。 豊潤な祈りの時間。 優しさに満たされたあたたかな時間・・・孝順の心。 倶会一処<くえいっしょ>は、『阿弥陀経』にある言葉。 ご縁の深い者たちが、ともにひとつの場所で出会うという意。 ひとつの場所とは、お浄土の事らしいけれども・・・ お浄土って、遠くにあるような気がするかもしれないけれども・・・ 今のあなたなら、おわかりでしょう。 そう、いま・ここ。いま・ここ。
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