大童法慧 | 禅語・仏教語・言の葉
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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1月 13日 情緒

わが名をよびて わが名をよびてたまはれ いとけなき日のよび名もて わが名をよびてたまはれ あはれ いまひとたび わがいとけなき日の名をよびてたまはれ 風のふく日のとほくより わが名をよびてたまはれ 庭のかたへに茶の花のさきのこる日の ちらちらと雪のふる日のとほくより わが名をよびてたまはれ よびてたまはれ わが名をよびてたまはれ 三好達治 『花筐』 ・・・この詩は、私を出家に導いてくれた尼僧様に教えて頂きました。
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7月 08日 袖ふりあうも

袖ふりあうも 多少の縁 恋焦がれたあの娘に袖にされ、多少の縁さえもないものなのか・・・ と、頭を抱えた純な中学生でした。 正しくは、多少の縁ではなく、他生の縁であり、多生の縁であると知った。 袖ふりあうも 他生の縁 今生<こんじょう>は、この世の事。 他生<たしょう>とは、前世や来世の事。 輪廻の中に、幾たびも生まれ変わり死に変わりする故に、多生。 悠久の時の流れの中で、いま・ここに、ご縁が熟して、ご縁が現れた。 ・・・だから、あなたと、出会えた。
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6月 25日 言の葉 〔10]

まことに、人間は生まれながらに、口中に斧を生やしている。 愚かな人は悪口を語っては、それで自分自身を斬っている。 『スッタニパータ』657 デンタルケアもオーラルケアも大切だけれども・・・口中の斧に気付く事。 危険!この斧は、よく切れます。
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6月 15日 知恵と智慧

知恵とは、物事の道理を判断し、処理していく働き。 物事の筋道を立て、計画し、正しく処理していく能力。 自分のみを良しとする時、己のみを高しとする時、 小賢しさが顔をもたげ、知恵は悪知恵となり人を傷つける。 ふたつに分ける二元的なものの見方は、執着を生み、苦の原因となる。 仏教では、知恵とは書かずに、智慧と書く。 摩訶般若心経の般若とは、智慧の事。 物事をありのままに把握する真実なる眼。 本当は・・・無眼耳鼻舌身意。 眼が無く、耳が無く、鼻が無く、舌が無く、身が無く、意が無い人は誰? 私という塊はない。 ひとつの世界。分け隔てのない世界。
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6月 05日 言の葉 〔9〕

熟した果実がいつも落ちるおそれがあるように 生まれた人はいつでも死ぬおそれがある。 感興のことば <ウダーナヴァルガ> 無常11 生まれたばかりの赤ちゃんであっても、熟した果実。 生意気盛りの横着なクソガキであっても、熟した果実。 要領よく人を信じない新社会人であっても、熟した果実。 リストラされ職が容易にみつからない年になっても、熟した果実。 自分で用意した天下り先に再就職する年になっても、熟した果実。 平均寿命を超えたとしても、熟した果実。 すべて、熟した果実。 生まれたときに、既に、熟した果実。 エリート官僚も ヤクザも 坊主も キャバ嬢も ニートも 健康自慢であっても 幸せのような気がしていても すべて、熟した果実。 生まれたときに、既に、熟した果実。
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5月 26日 世間虚仮 唯佛是真

世間虚仮 唯佛是真 聖徳太子『上宮聖徳法王帝説』 世間は、移り変わってゆく儚いもの。 世間の法とは、その国の法律、慣習、そして、常識。 これらは、所詮、一時の位であり、本当に頼るべき物ではない。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 京都新聞 5月25日 天台宗総本山の延暦寺(大津市)で指定暴力団山口組の歴代組長の法要が営まれた問題で、同宗トップの渡辺恵進天台座主が25日開かれた臨時宗議会で「誠に遺憾であり、天台座主として憂慮に堪えない。深く反省し、不惜身命の決意で全国の檀信徒や一般社会の信頼回復に取り組んでほしい」と述べた。同宗の象徴である天台座主が本山の不祥事で遺憾の意を表明するのは異例。 宗議会では延暦寺の代表役員の執行(しぎょう)を引責辞任した今出川行雲氏が「故人を回向するのに差別すべきでないと法要を引き受けたが、施主や参列者に配慮を欠き、結果として暴力団の資金集めなどに利用された。誠に申し訳ない」と陳謝した。濱中光礼宗務総長も「開宗1200年という節目の年に、宗政を担う者としてざんきに堪えない」と再発防止と意識向上を訴えた。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 滋賀県警曰く、 暴力団の法要は、純粋な宗教儀式ではなく、資金集めと勢力誇示であることが多い。香典という名目で数千万円のお金を集めた、とのこと。 最近は、ずいぶんと、佛法が世法にひよるなぁ。 法律に守られて生活しているのも事実だけれども・・・
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4月 28日 言の葉 〔8〕

佛、沙門に問う「人の命、いくばくの間にか在る」 対えていわく「数日の間なり」 佛いわく「汝、いまだ道を知らず」 また一の沙門に問う「人の命、いくばくの間にか在る」 対えていわく「飯食の間なり」 佛いわく「汝、いまだ道を知らず」 また一の沙門に問う「人の命、いくばくの間にか在る」 …

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4月 06日 言の葉 〔7〕

過ぎ去れるを 追うことなかれ。 いまだ来たらざるを 念<ねが>うことなかれ。 過去、そはすでに 捨てられたり。 未来、そはいまだ 到らざるなり。 されば、ただ現在するところのものを、 そのところにおいて よく観察すべし。 揺らぐことなく、動ずることなく、 そを見きわめ、そを実践すべし。 ただ今日まさに作<な>すべきことを 熱心になせ。 たれか明日 死のあることを知らんや。 まことに、かの死の大軍と、 遇<あ>わずというは、あることなし。 よく、かくのごとく見きわめたるものは、 心をこめ、昼夜おこたることなく 実践せん。 かくのごときを、一夜賢者といい、 また、心しずまれる者とはいうなり。 『一夜賢者の偈』 増谷文雄 訳
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3月 25日 言の葉 〔6〕

一、心に物なき時は 心、広く 体、泰<やすらか>なり 一、心に我儘<わがまま>なき時は愛敬失わず 一、心に欲なき時は義理を行う 一、心に私なき時は疑うことなし 一、心に驕りなき時は人を教う 一、心に誤りなき時は人を畏れず 一、心に邪見なき時は人を育つる 一、心に貪りなき時は人に諂<へつらう>うことなし 一、心に怒りなき時は言葉和らかなり 一、心に堪忍ある時は事を調う 一、心に曇りなき時は心静かなり 一、心に勇みある時は悔やむことなし 一、心賤しからざる時は願い好まず 一、心に孝行ある時は忠節厚し 一、心に自慢なき時は人の善を知り 一、心に迷いなき時は人を咎めず 上杉謙信 『宝在心』 春は別れと出会いの時節。 ご用心、ご用心。
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2月 16日 涅槃会

2月15日は、お釈迦様が入滅<にゅうめつ>された日、つまり、お亡くなりになられた日です。 お釈迦様が入滅に臨んで、垂れられた最後の説法だと伝えられているお経、『佛垂般涅槃略説教誡経』(佛遺教経)があります。 このお経には、戒の大切さ、及び、わがままな欲望のみの暮らしは、実は、苦でしかない、と示されています。 そして、八大人覚<はちだいにんがく>、大人として覚るべき八つの事、無求、知足、遠離、精進、不妄念、禅定,智慧、不戯論を説き、その教えを実行する事の大切さを強調されています。 頭で理解するだけではなく、実践こそが大切なんだ、と。 この世の在り方は無常であり、移り変わっていくものだけれども・・・ それは、悲しむべき事ではなく、実は、ありがたいの事なんだと、と。 なぜなら、無常であるからこそ、人として成長ができ、仏の教えに出会い、真実を知り得る事ができるのだ、と。 そして、ものの見方こそが、佛法であり、そのものの見方を正しく理解し、実践し、伝えていく時、そこに、お釈迦様が現前しているのだ、と。 真実のいのちは、決してなくならないのだ、と。 このお経は、禅門では、枕経や通夜にも諷誦されるお経のひとつです。 寒さと暑さ 飢えと渇えと 風と太陽の熱と 虻と蛇と これらすべてのものに うち勝って 犀<さい>の角<つの>のように ただ独り歩め 『ブッダの言葉』 中村 元 訳 犀の角は、ひとつしかありません。 他の人からの毀誉褒貶に煩わされること無く、真っ直ぐに、佛の道を。
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