大童法慧 | 僧侶的 いま・ここ
何かを得ようとするのではなく 何かを捨ててみよう
大童法慧,曹洞宗,僧侶,祈祷,相談,生き方,悩み
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11月 07日 ご指摘  〔2〕

私は今まで何回も法事に出かけていますが、有難い法話・・・・一度も聞いた事がありません。 普通はお経の後ご住職様は法話をしていただけるのですか? それは、お願いしないといけないのですか? と、コメントを頂きました。 お通夜やご葬儀、そして、ご法事。 お話しなければならない事が、たく…

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11月 05日 大法重きが故に

これは、岩手県の匿名希望さんからのお手紙です。 お祖父様の7回忌のご法事に、若い副住職さんがいらっしゃいました。 お経が終わり、知人の方々が故人との思い出話などをして、さて、副住職さまからのご法話となりました。 おもむろに、副住職さまが話をされます。 「エー、私からの法話ですが、…

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11月 03日 円成

両本山での瑞世、無事に円成いたしました。 円成<えんじょう、と読みます>。 円成とは物事の完成、まどかになる事。円満成就の意です。 その時々において、その折々にふれて、 それが、大きな円であったり、また、小さな円であったり。 ひとつひとつが、まどかなる世界。

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10月 27日 大本山永平寺瑞世

本日より、大本山永平寺に瑞世に行きます。 途中、吉峰寺<きっぽう寺と読みます>に拝宿し、永平寺へ。 そして、得度をしたお寺に、お礼の拝登。帰りは、11月1日の予定。 コメントに、瑞世とは何?とありました。説明不足でしたね。 一朝<いっちょうと読みます>の住職。 つまり、両本山において、文字通り、その日の朝のお勤めの導師を務めることです。 曹洞宗では、和尚になるために、いくつかの段階を踏まなければなりません。この段階とは資格とも、ステップアップとも言い換えられるでしょう。 得度<とくど>をする。これは、出家する事。 安居<あんご>をする。これは、専門僧堂において修行をする事。 首座<しゅそ>をする。これは、他の修行僧の先頭に立ち修行する事。 法戦<ほっせん>をする。これは、首座が他の修行僧と問答する事。 嗣法<しほう>をする。これは、師僧より法を嗣ぐ事。 大まかにあげれば、以上ですが、これらを踏まえた上で、瑞世となります。いわば、一人前になるための仕上げの行となります。 もちろん、修行に終わりはありませんが。 曹洞宗を開かれた道元禅師、それを広めた瑩山禅師。 永平寺は道元禅師、総持寺は瑩山禅師が開かれた寺院です。 その両大本山で導師を務めるのは、多くの僧侶にとって一生に一度のことです。瑞世は、曹洞宗僧侶としての報恩の誓いの場となります。
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10月 24日 大本山総持寺瑞世

曹洞宗においては、本山がふたつあります。 福井県の大本山永平寺と神奈川県の大本山総持寺。 曹洞宗の僧侶は、この両本山に、それぞれ一泊し、一朝の住職を務める瑞世<ずいせ、と読みます>を行じます。 私は先週末に、大本山総持寺において瑞世をし、今週末に大本山永平寺で瑞世します。 曹洞宗…

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10月 21日 別れの意味 〔2〕

たとえ、志半ばで倒れたとしても。 たとえ、物心つくまえであったとしても。 たとえ、百まで生きられたとしても。 必ず、死は訪れます。 いや、既に、生の中に死は含まれている。 じゃあ、どうせ死ぬのなら、早く死じまえ。 じゃあ、どうせ1回こっきり命だから、好きにするさ。 これじゃあ、幼…

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10月 19日 風と落ち葉

出家して間もない頃の秋の黄昏時でした。 あるお寺の前で托鉢をしていた時、ふと、目に留まった伝道掲示板に、良寛さんの詩が書いてありました。 焚くほどは  風が持てくる  落ち葉かな これを見たとき、なんとも言いようのない感動と深い喜びを得ました。 なんだ、これで良かったんだ、と。 …

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10月 15日 別れの意味 〔1〕

ある程度、年をとってくると、慶びごとに出かけるよりも、 むしろ、お悔やみを申し上げに行く事の方が、多くなります。 このたびは、誠にご愁傷様でした。 突然の事で、驚きました。 本当に、残念でした。 これらの言葉を、ご遺族に伝える前に、少し、思いを巡らせて欲しい。 故人のおかげで、今…

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10月 14日 伝道掲示板  〔1〕

今月のお寺の伝道掲示板。 過去が咲いている今。 未来の蕾でいっぱいの今。 河井寛次郎 この今に、これまでの自分の全てが含まれています。 あの時の選択や決断、あの時の出会い。 悲しさに泣いた夜、名状し難い恐怖感。 訪れた歓喜、深く結ばれた共感。 そのどのひとつを欠いても、今の自分はないのです。 この今に、これからの自分の全てが含まれてます。 人生には偶然はありません。 全てが必然なのです。 このことを、因果必然、因果不昧といいます。 種のないところに花は咲きません。 今を大切にすると言う事は、自分の過去を素直に受け入れ、そして、自分の種を愛し、自分を取り巻くこの世界を愛する事だと思うのです。
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10月 11日 喪失感

別れの喪失感、特に、死ぬ事での別れは、何をもってしても、それを埋め合わす事は困難なことだ、と思うのです。 たとえ、世界中のお花を買い占めて、祭壇を飾ったとしても。 たとえ、世界中の線香を買い占めて、故人に手向けたとしても。 たとえ、何百人の僧侶を呼んで、葬儀を執り行ったとしても。…

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