投稿日時 02:57
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僧侶的 いま・ここ,
禅語・仏教語・言の葉
by 大童法慧
逃げたらあかん 石川洋 つらいことが多いのは 感謝を知らないからだ 苦しいことが多いのは 自分に甘えがあるからだ 悲しいことが多いのは 自分のことしかわからないからだ 心配することが多いのは 今をけんめいに生きていないからだ 行きづまりが多いのは 自分が裸にな…
7月 30日 喫粥了
投稿日時 13:58
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禅語・仏教語・言の葉
by 大童法慧
しなくてはならない事から目を逸らし、自分のやりたい事しかしようとしない怠け者。 禅の道場の朝ごはんは、お粥です。 お粥をいただくことを喫粥(きっしゅく)といいます。 そして、喫粥が了ならば、食べ終わったならば片づけなければなりません。 あなたは、朝ご飯…
投稿日時 09:33
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禅語・仏教語・言の葉
by 大童法慧
拙ブログの記事を、そのままコピペして自分の日記として公開されている人がいます。 タイトルまで同じにして、よほど気に入ったのでしょう。 なぜこんなことをするのでしょうか?とコメントを入れたら・・・「心の狭い人だ」とメッセージが送られてきました。 苦笑しな…
投稿日時 10:18
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by 大童法慧
佛となるに、いとやすきみちあり。もろもろの悪をつくらず、生死に著するこころなく、一切衆生のために、あはれみふかくして、上をうやまひ下をあはれみ、よろづをいとふこころなく、ねがふ心なくて、心におもふことなく、うれふることなき、これを佛となづく。又ほかにたづぬることなか…
2月 13日 落ち穂
投稿日時 17:35
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by 大童法慧
こんな話がありました。 それは、ハンバーガーショップでの出来事でした。ある家族が食事を終えて、店を出ようとした時、母親がレジに行きこう言ったそうです。「このハンバーガーは子供が食べなかったから、お金を返してください」 また、食べ放題のお店に、タッパーを…
投稿日時 07:48
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by 大童法慧
師から「カラスは白い」と言われれば、「はい」と応えるのが弟子だと教えられました。 なぜならば、何事も守破離があるからです。 お茶の道、書の道、剣の道、そして、仏の道。 道と名の付くものだけではなく、まずは、師や先人、上司や先輩の教えるところを護持するこ…
投稿日時 21:27
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by 大童法慧
お釈迦さまが終焉の地クシーナガラ向かって歩きながら、弟子のアーナンダに語りかけるようにつぶやかれた言葉です。 「アーナンダよ 樹々は美しい この世は美しい 人の命は甘美である」 こんなふうに、人生を眺めたいものです。 &nb…
投稿日時 17:24
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by 大童法慧
「人のお世話をすれば、徳が積める」とは、母の言葉 徳を積むとは、善いことを貯金通帳に入れていくことではない 徳とは、善いことをすれば良いことがあるという下心ではない 徳を積むとは、受けた恩をこぼさないようにすること 受けた恩、父母や家族、…
12月 26日 ご用心
投稿日時 09:20
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by 大童法慧
頓智で有名な一休さん、一休禅師は、正月に杖の頭に髑髏をしつらえて、「ご用心、ご用心」と叫びながら練り歩いたという逸話があります。 そして、「門松は冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし」とも示されました。お正月はめでたいものでもあるけれども、裏を…
投稿日時 22:08
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by 大童法慧
釋迦牟尼佛、明星を見て悟道して曰く、「我と大地有情と同時に成道す」『伝光録 首章』 お釈迦様のお悟りの叫びは「私は悟ったぞ」ではなく、「皆が悟った」でした。 「私が」から「私たちが」という視点へと転じること。 グリーフケアやスピリチュアル…